目次
2020/12/31 Thu 23:59
皇室のことについて(主に雅子さまになされている批判について)語っています
**最新着記事情報**
2010/2/10更新:ご学友について(「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社)
**新着記事情報**
2010/2/5更新:学習院と皇室の結びつきについて(「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社)
2010/1/30更新:学習院での生活について(「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社)
2010/1/25更新:基礎体温表の提出を拒否したこと(雅子さまへのさまざまな批判について)
2010/1/22更新:皇族のヘアスタイルのこと(素朴な感想)
...................................................
皇室についての記事のもくじです
01:不妊症について
01-01:子供を授かるということ
01-02:努力だけでは子供は授かれない
01-03:誰もか「自分は子供を望める体た」と思うもの
01-03:ストレスが不妊の大敵
01-04:雅子さまの不妊について語ること
01-05:不妊治療のつらさ
01-06:子供がほしいという気持ち
01-07:愛子さま誕生会見から見られる雅子さまの喜びとそれまでの苦労
01-08:1人目不妊の後の2人目不妊のつらさ
02:適応障害について
02-01:はじめに
02-02:適応障害とは
02-03:適応障害の原因
02-04:適応障害の治療
02-05:精神障害にかかる皇族の人たち
02-06:日本人の精神障害に対する理解
03:皇位継承問題
03-01:はじめに
03-02:男系男子でなければダメなのか
03-03:皇室においてのさまざまな変化
03-04:これから求められる皇室の変化
04:皇太子さまと愛子さまについて
04-01:愛子さまについて
04-02:皇太子さまの姿勢
04-03:皇太子さまの言うやりがいのある公務とは
05:雅子さまと他の女性皇族との違い
05-01:はじめに
05-02:雅子さまと美智子さま
05-03:雅子さまと紀子さま
05-04:雅子さまだけが抱えた苦悩
06:皇族の発言について
06-01:天皇陛下
06-01-01:天皇陛下の発言について(〜2007.11.30)
06-01-02:天皇陛下の2007年の誕生会見
06-02:皇后陛下
06-02-01:皇后陛下の発言について(〜2007.11.30)
06-02-02:「ボランティア」についての美智子妃のことば:「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社
06-03:秋篠宮さま
06-03-01:秋篠宮さまの発言について(〜2007.11.30)
06-03-02:礼宮さまの発言(「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社)
06-04:紀子さまの発言
06-04-01:紀子さまの発言について(〜2007.11.30)
06-05:三笠宮寛仁さまの発言
06-05-01:三笠宮寛仁さまの発言について(〜2007.11.30)
07:雅子さまへのさまざまな批判について
07-01:はじめに
07-02:子どもの頃のこと
07-02-01:小学校1年のとき、お弁当に箸を入れ忘れたお手伝いさんを怒ったこと
07-02-02:小学校2年のときの作文「雪がっせん」のこと
07-02-03:田園調布雙葉学園小学校編入のこと
07-02-04:「押し虫」のこと
07-02-05:漬け物の樽で飼っていたネズミのこと
07-02-06:小学校卒業文集のこと
07-02-07:巨人軍の高田選手のファンだったこと
07-02-08:大洋ホエールズの長崎啓二選手のこと
07-02-09:リングネーム「ナンシー雅子」のこと
07-02-10:友人にテスト結果通知への保護者サインの代筆を頼まれ、バレても先生に言い返したこと
07-02-11:授業中友達の背中に消しゴムのかすを入れるイタズラをしたこと
07-02-12:スカートめくりが流行ったとき率先してやっていたこと
07-02-13:中学の修学旅行で「急病人が出た」とツアーコンダクターの男性を呼んで部屋に閉じ込めたこと
07-02-14:田園双葉の友達に「もう忙しいので手紙を私に出さないで」アメリカから手紙を出したこと
07-02-15:東大生があんまり勉強しないのに驚いて、「ハーバードでは皆死ぬほど勉強するのよ」と発言したこと
7-02-16:元ボーイフレンドが持っていたトップレ○写真疑惑のこと
07-03:お妃候補時代のこと
07-03-01:ウインナー炒めの写真のこと
07-03-02:1986年10月17日号の「FOCUS」に皇太子さまの記事と雅子さまの記事が掲載され、その発売日の翌週に開かれたスペイン・エレナ王女レセプションパーティーで2人が出会ったこと
07-03-03:「浩宮さまってそんなにお偉いの?」と発言したこと
07-03-04:最初にお妃候補として名前が挙がったとき、「彼(皇太子)に興味をもたれるのはイライラする」と友人に漏らしたこと
07-03-05:執拗な取材をするマスコミに指を指したこと
07-03-08:駅の反対ホームから記者にカメラを向けられ、そのホームに行き、その記者に「フィルムを出してください!!」と言ったこと
07-03-09:記者に向かって「チッ、バカヤロー」と言ったこと
07-03-10:「マスコミって蛆虫みたい」と同僚にこぼしたこと
07-03-11:皇太子妃候補と報じられ、「あんな家には行かない」と言ったこと
07-03-12:家に遊びに来た妹の友達に皇太子さまのことを「本当は大っ嫌いなのよっ」と言ったこと
07-03-13:皇太子妃候補で騒がれ始めたころ、チッソが取り上げられ「おじいちゃまのことが悪く言われるの」と言ったこと
07-03-14:横断歩道で取材を試みるレポーターを妹と一緒にクスクス笑ったこと
07-03-15:六本木でブイブイ言わせていて婚約発表の前には泣き崩れていたこと
07-03-16:よく自宅近くのコンビニで女性週刊誌を立ち読みしていたこと
07-03-17:デートに同席した皇太子さまの学友・賀陽正憲さんから、もう少し周囲の雰囲気を考えることを勉強なさった方がよいと思うと言われたこと
07-03-18:一時期服がピチピチになるほどだったのに、婚約した時期にはすらっとした体型になったこと
07-04:外務省に勤めていたときのこと
07-04-01:まわりに誰がいても父親の話をすること
07-04-02:外務省研修所での研修に遅刻し、小走りで駆け込んだこと
07-04-03:カラオケの十八番は、実は「いい日旅立ち」じゃなくてテレサテンの「愛人」だということ
07-04-04:オックスフォード国費留学前の送迎会、大勢の見送りの友人たちの前にて「フンドシを締め直して勉強しなくちゃ」と言ったこと
07-04-05:オックスフォフォード国費留学で同期研修留学の中でただ一人修士号取得できなかったこと
07-04-06:外務省時代、後輩や部下に「こんなこともできないの!」「翻訳が遅い」などと言っていたこと
07-04-07:自家用車での通勤が禁止されている外務省に父親がもらった駐車許可証を使って車通勤していたこと
07-04-08:外務省時代、雅子さまの動作がすべてにおいてゆっくりで、30分おきにトイレでの化粧直しにいくのでまわりはいらいらしていたこと
07-04-09:何を考えているか解らないので“ブラックボックス”というあだ名がついていたこと
07-04-10:ある新聞記者の談話「雅子妃は仕事はできるし、官僚としての事務処理能力は確かに優れていたが、外交官として大切な人脈作りは得意ではなかった。友人が少なく内向的な性格でマジメで融通が利かず原則論に固執する癖がある」のこと
07-04-11:別の省庁官僚と仕事をしたとき関係ない英文資料を渡し、「これくらいで驚いちゃ困ります」と言ったこと
07-04-12:別の省庁の官僚が外務省に会議に来て資料が足りずコピーを取ってたら「よその省庁の方が勝手にここのコピー機を使用しないでください」と言ったこと
07-04-13:「高慢ちきな鼻持ちならない女」と外務省担当記者の評判のこと
07-04-14:営業時間外に外務省内の食堂に来て「コーヒーぐらい出せるでしょう」と言ったこと
07-05:婚約記者会見のこと
07-05-01:旧友の別荘で撮影したビデオのこと
07-05-02:オーダーメイドした靴のこと
07-05-03:婚約会見で自分を「雅子さん」呼ばわりしたこと
07-05-04:皇太子さまから言われた言葉「…雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから…」を述べたこと
07-05-05:婚約会見で皇太子さまよりも長く話した事件
07-05-06:婚約会見で皇太子さまの言葉に対し、「一言付け加えさせていただく」と言ったこと
07-05-07:婚約会見で「いい人生だったと振り返れるようにしたい」とら抜き言葉を使ったこと
07-05-08:婚約会見で、「殿下にお幸せになっていただきたい」と言ったこと
07-05-09:婚約会見で「人間ができた方」と言ったこと
07-05-10:婚約会見で子どもの数について「オーケストラが作れるような子どもの数」とはおっしゃらないでほしいと述べたこと
07-05-11:婚約会見で「仕事をやめることに悔いはございません」と言ったこと
07-06:婚約発表後のこと
07-06-01:皇室で外交をしていこうと思っていたこと
07-06-02:お妃教育で神道を学ぶのに英語の本「ザ・ワールド・オブ・シントー」を使ったこと
07-06-03:納采の儀のとき、扇子を帯の中央部に挿していたこと
07-06-04:三方の持ち方のこと
07-06-05:金箔箪笥のこと
07-06-06:贈呈された真珠ネックレスを返却したこと
07-06-07:プロフィールのこと
07-07:結婚後から愛子さまが生まれるまでのこと
07-07-01:結婚式の日、皇太子さまと立ち位置が逆だったこと
07-07-02:宮中饗宴の儀初日、乾杯のお酒を飲み干したこと
07-07-03:森村桂さんの作ってくれたケーキのこと
07-07-04:皇室内でわからないことを実母に聞いたこと
07-07-05:嫁入り早々宮内庁職員をあごで使ったこと
07-07-06:公務で居眠りしたこと
07-07-07:ショコラとキスしたこと
07-07-08:初出席の園遊会のこと
07-07-09:御料牧場の牛乳は口に合わないと自分用を買いに行かせたこと
07-07-10:イヤリングを落とし、皇太子さまに拾ってもらったこと
07-07-11:結婚半年後、おめでたではないかと間違われたこと
07-07-12:婚約内定一周年会見で「(子どもの数は)オーケストラは考えていない」と述べたこと
07-07-13:皇族女性や海外からご訪問の要人女性と衣装がかぶることがあること
07-07-13-01:1993-1994年頃
07-07-13-02:1994年6月10日両陛下の見送り
07-07-13-03:1995年1月2日一般参賀
07-07-13-04:1995年1月10日講書始の儀
07-07-13-05:1995年2月8日英国ダイアナ妃来日
07-07-13-06:1995年6月22日と2003年6月19日の赤十字ナイチンゲール記章授与式
07-07-13-07:1995年7月4日マンデラ大統領の歓迎晩餐会
07-07-13-08:1996年7月の雅子さまの衣装
07-07-13-09:1996年10月22日ベルギー王室来日
07-07-13-10:1998年5月24日両陛下訪欧の見送り
07-07-13-11:2002年7月20日両陛下訪欧の出迎え
07-07-13-12:2005年11月15日紀宮さまの結婚式
07-07-13-13:2008年11月10日スペイン国王夫妻の歓迎式典
07-07-13-14:2009年1月1日新年一般参賀
07-07-13-15:2009年7月17日両陛下お迎え
07-07-14:1994年7月東宮御所の改修のこと
07-07-15:カタールの水族館でのこと
07-07-16:中東訪問時のクウェートでの衣装のこと
07-07-17:中東訪問の際、予定より2日早く帰国したこと
07-07-18:中東訪問からの帰国の途につくクイーン・マリア空港での表情のこと
07-07-19:「私の友達にそんなことを言う人は一人もいません」と言ったこと
07-07-20:基礎体温表の提出を拒否したこと
08:宮内庁の発言について
08-01:秋篠宮夫妻に第3子を望む
08-02:皇太子夫妻の参内について
08-03:2008年12月天皇陛下の検査結果に関する皇室医務主管等の説明及び皇太子妃殿下お誕生日に係るご感想と東宮医師団見解を踏まえての羽毛田宮内庁長官発言について
08-01-01:はじめに
08-03-02:天皇陛下は皇統の問題をはじめとするさまざまな事柄について心配しているということ
08-03-03:一部の報道で「両陛下は雅子さまが公務をしないことを不満に思っている」「皇太子一家がオランダに赴いたことに批判的だった」という記事があったけれど、宮内庁長官は両陛下からこのような言葉を伺ったことはないということ
08-03-04:両陛下が皇太子さまと雅子さまの健康について心配していること
08-03-05:雅子さまの適応障害という診断に対し、「皇室そのものが雅子さまにとってストレスであり、病気の原因なのではないか」「雅子さまがやりがいのある公務をできるようにすることが快復の鍵である」といった議論がなされることに両陛下は深く傷ついたこと
08-04:2008年12月12日の野村東宮大夫の発言について
09:雑記
09-01:私のことをあれこれ言う人たちのこと
09-01-01:私は最終的に一体何者になるんだろ…(笑)
09-02:皇室について語ること
10:雑誌などの記事のこと
10-01:「婦人公論」2009年8月9日号の「女性が考える『平成の皇室』」
10-01-01:平成の皇室」1012人アンケート結果
10-01-02:香山リカさんと鹿島茂さんの対談
10-01-03:天皇家・宮家への素朴な疑問
10-01-04:御所の"オク"を仕切る女官とは
10-02:「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社
10-02-01:学習院での生活について
10-02-02:学習院と皇室の結びつきについて
10-02-03:ご学友について
10-02-04:学習院での浩宮さまについて
10-02-05:東宮御所での浩宮さまのようす
10-02-06:「ボランティア」についての美智子妃のことば
10-02-07:礼宮さまについて
10-02-08:浩宮さまの結婚に関してのことば
10-02-09:礼宮さまの発言
11:ニュースなど
11-01:天皇陛下と中国副主席の会見について
12:素朴な感想
12-1:皇族のヘアスタイルのこと
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皇室のこと以外の記事のもくじです
01:社会のこと。
01-01:奥谷氏の「過労死は自己管理の問題」発言
01-02:正しければ何でもしていいのでしょうか
01-03:亀田一家
01-04:チベット問題
01-05:秋葉原無差別殺傷事件
01-06:派遣社員の解雇について思うこと
02:情報・報道のこと。
02-01:個人主義について
02-02:週刊誌
03:政治のこと。
03-01:柳沢厚生労働相の「女性は子どもを生む機械」発言
03-02:北九州市長選と愛知県知事選
03-03:柳沢厚労相今度は「結婚・子供2人 極めて健全」発言
03-04:安倍政権ボロボロ・・・
03-05:失言じゃないけど・・・
03-06:守屋事務次官の接待事件
03-07:拉致被害者を北朝鮮に戻すべきだった?
03-08:臓器移植と脳死
03-09:衆議院議員総選挙
04:プライバシーのこと。
04-01:ブログのプライバシー
05:北朝鮮のこと。
05-01:北朝鮮の核開発って・・・
05-02:北朝鮮の対応を見ていると・・・
06:芸能界・スポーツ界のこと。
06-01:エドはるみ
06-02:飯島愛さん死亡について思ったこと
06-03:安藤美姫選手について
**最新着記事情報**
2010/2/10更新:ご学友について(「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社)
**新着記事情報**
2010/2/5更新:学習院と皇室の結びつきについて(「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社)
2010/1/30更新:学習院での生活について(「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社)
2010/1/25更新:基礎体温表の提出を拒否したこと(雅子さまへのさまざまな批判について)
2010/1/22更新:皇族のヘアスタイルのこと(素朴な感想)
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皇室についての記事のもくじです
01:不妊症について
01-01:子供を授かるということ
01-02:努力だけでは子供は授かれない
01-03:誰もか「自分は子供を望める体た」と思うもの
01-03:ストレスが不妊の大敵
01-04:雅子さまの不妊について語ること
01-05:不妊治療のつらさ
01-06:子供がほしいという気持ち
01-07:愛子さま誕生会見から見られる雅子さまの喜びとそれまでの苦労
01-08:1人目不妊の後の2人目不妊のつらさ
02:適応障害について
02-01:はじめに
02-02:適応障害とは
02-03:適応障害の原因
02-04:適応障害の治療
02-05:精神障害にかかる皇族の人たち
02-06:日本人の精神障害に対する理解
03:皇位継承問題
03-01:はじめに
03-02:男系男子でなければダメなのか
03-03:皇室においてのさまざまな変化
03-04:これから求められる皇室の変化
04:皇太子さまと愛子さまについて
04-01:愛子さまについて
04-02:皇太子さまの姿勢
04-03:皇太子さまの言うやりがいのある公務とは
05:雅子さまと他の女性皇族との違い
05-01:はじめに
05-02:雅子さまと美智子さま
05-03:雅子さまと紀子さま
05-04:雅子さまだけが抱えた苦悩
06:皇族の発言について
06-01:天皇陛下
06-01-01:天皇陛下の発言について(〜2007.11.30)
06-01-02:天皇陛下の2007年の誕生会見
06-02:皇后陛下
06-02-01:皇后陛下の発言について(〜2007.11.30)
06-02-02:「ボランティア」についての美智子妃のことば:「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社
06-03:秋篠宮さま
06-03-01:秋篠宮さまの発言について(〜2007.11.30)
06-03-02:礼宮さまの発言(「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社)
06-04:紀子さまの発言
06-04-01:紀子さまの発言について(〜2007.11.30)
06-05:三笠宮寛仁さまの発言
06-05-01:三笠宮寛仁さまの発言について(〜2007.11.30)
07:雅子さまへのさまざまな批判について
07-01:はじめに
07-02:子どもの頃のこと
07-02-01:小学校1年のとき、お弁当に箸を入れ忘れたお手伝いさんを怒ったこと
07-02-02:小学校2年のときの作文「雪がっせん」のこと
07-02-03:田園調布雙葉学園小学校編入のこと
07-02-04:「押し虫」のこと
07-02-05:漬け物の樽で飼っていたネズミのこと
07-02-06:小学校卒業文集のこと
07-02-07:巨人軍の高田選手のファンだったこと
07-02-08:大洋ホエールズの長崎啓二選手のこと
07-02-09:リングネーム「ナンシー雅子」のこと
07-02-10:友人にテスト結果通知への保護者サインの代筆を頼まれ、バレても先生に言い返したこと
07-02-11:授業中友達の背中に消しゴムのかすを入れるイタズラをしたこと
07-02-12:スカートめくりが流行ったとき率先してやっていたこと
07-02-13:中学の修学旅行で「急病人が出た」とツアーコンダクターの男性を呼んで部屋に閉じ込めたこと
07-02-14:田園双葉の友達に「もう忙しいので手紙を私に出さないで」アメリカから手紙を出したこと
07-02-15:東大生があんまり勉強しないのに驚いて、「ハーバードでは皆死ぬほど勉強するのよ」と発言したこと
7-02-16:元ボーイフレンドが持っていたトップレ○写真疑惑のこと
07-03:お妃候補時代のこと
07-03-01:ウインナー炒めの写真のこと
07-03-02:1986年10月17日号の「FOCUS」に皇太子さまの記事と雅子さまの記事が掲載され、その発売日の翌週に開かれたスペイン・エレナ王女レセプションパーティーで2人が出会ったこと
07-03-03:「浩宮さまってそんなにお偉いの?」と発言したこと
07-03-04:最初にお妃候補として名前が挙がったとき、「彼(皇太子)に興味をもたれるのはイライラする」と友人に漏らしたこと
07-03-05:執拗な取材をするマスコミに指を指したこと
07-03-08:駅の反対ホームから記者にカメラを向けられ、そのホームに行き、その記者に「フィルムを出してください!!」と言ったこと
07-03-09:記者に向かって「チッ、バカヤロー」と言ったこと
07-03-10:「マスコミって蛆虫みたい」と同僚にこぼしたこと
07-03-11:皇太子妃候補と報じられ、「あんな家には行かない」と言ったこと
07-03-12:家に遊びに来た妹の友達に皇太子さまのことを「本当は大っ嫌いなのよっ」と言ったこと
07-03-13:皇太子妃候補で騒がれ始めたころ、チッソが取り上げられ「おじいちゃまのことが悪く言われるの」と言ったこと
07-03-14:横断歩道で取材を試みるレポーターを妹と一緒にクスクス笑ったこと
07-03-15:六本木でブイブイ言わせていて婚約発表の前には泣き崩れていたこと
07-03-16:よく自宅近くのコンビニで女性週刊誌を立ち読みしていたこと
07-03-17:デートに同席した皇太子さまの学友・賀陽正憲さんから、もう少し周囲の雰囲気を考えることを勉強なさった方がよいと思うと言われたこと
07-03-18:一時期服がピチピチになるほどだったのに、婚約した時期にはすらっとした体型になったこと
07-04:外務省に勤めていたときのこと
07-04-01:まわりに誰がいても父親の話をすること
07-04-02:外務省研修所での研修に遅刻し、小走りで駆け込んだこと
07-04-03:カラオケの十八番は、実は「いい日旅立ち」じゃなくてテレサテンの「愛人」だということ
07-04-04:オックスフォード国費留学前の送迎会、大勢の見送りの友人たちの前にて「フンドシを締め直して勉強しなくちゃ」と言ったこと
07-04-05:オックスフォフォード国費留学で同期研修留学の中でただ一人修士号取得できなかったこと
07-04-06:外務省時代、後輩や部下に「こんなこともできないの!」「翻訳が遅い」などと言っていたこと
07-04-07:自家用車での通勤が禁止されている外務省に父親がもらった駐車許可証を使って車通勤していたこと
07-04-08:外務省時代、雅子さまの動作がすべてにおいてゆっくりで、30分おきにトイレでの化粧直しにいくのでまわりはいらいらしていたこと
07-04-09:何を考えているか解らないので“ブラックボックス”というあだ名がついていたこと
07-04-10:ある新聞記者の談話「雅子妃は仕事はできるし、官僚としての事務処理能力は確かに優れていたが、外交官として大切な人脈作りは得意ではなかった。友人が少なく内向的な性格でマジメで融通が利かず原則論に固執する癖がある」のこと
07-04-11:別の省庁官僚と仕事をしたとき関係ない英文資料を渡し、「これくらいで驚いちゃ困ります」と言ったこと
07-04-12:別の省庁の官僚が外務省に会議に来て資料が足りずコピーを取ってたら「よその省庁の方が勝手にここのコピー機を使用しないでください」と言ったこと
07-04-13:「高慢ちきな鼻持ちならない女」と外務省担当記者の評判のこと
07-04-14:営業時間外に外務省内の食堂に来て「コーヒーぐらい出せるでしょう」と言ったこと
07-05:婚約記者会見のこと
07-05-01:旧友の別荘で撮影したビデオのこと
07-05-02:オーダーメイドした靴のこと
07-05-03:婚約会見で自分を「雅子さん」呼ばわりしたこと
07-05-04:皇太子さまから言われた言葉「…雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから…」を述べたこと
07-05-05:婚約会見で皇太子さまよりも長く話した事件
07-05-06:婚約会見で皇太子さまの言葉に対し、「一言付け加えさせていただく」と言ったこと
07-05-07:婚約会見で「いい人生だったと振り返れるようにしたい」とら抜き言葉を使ったこと
07-05-08:婚約会見で、「殿下にお幸せになっていただきたい」と言ったこと
07-05-09:婚約会見で「人間ができた方」と言ったこと
07-05-10:婚約会見で子どもの数について「オーケストラが作れるような子どもの数」とはおっしゃらないでほしいと述べたこと
07-05-11:婚約会見で「仕事をやめることに悔いはございません」と言ったこと
07-06:婚約発表後のこと
07-06-01:皇室で外交をしていこうと思っていたこと
07-06-02:お妃教育で神道を学ぶのに英語の本「ザ・ワールド・オブ・シントー」を使ったこと
07-06-03:納采の儀のとき、扇子を帯の中央部に挿していたこと
07-06-04:三方の持ち方のこと
07-06-05:金箔箪笥のこと
07-06-06:贈呈された真珠ネックレスを返却したこと
07-06-07:プロフィールのこと
07-07:結婚後から愛子さまが生まれるまでのこと
07-07-01:結婚式の日、皇太子さまと立ち位置が逆だったこと
07-07-02:宮中饗宴の儀初日、乾杯のお酒を飲み干したこと
07-07-03:森村桂さんの作ってくれたケーキのこと
07-07-04:皇室内でわからないことを実母に聞いたこと
07-07-05:嫁入り早々宮内庁職員をあごで使ったこと
07-07-06:公務で居眠りしたこと
07-07-07:ショコラとキスしたこと
07-07-08:初出席の園遊会のこと
07-07-09:御料牧場の牛乳は口に合わないと自分用を買いに行かせたこと
07-07-10:イヤリングを落とし、皇太子さまに拾ってもらったこと
07-07-11:結婚半年後、おめでたではないかと間違われたこと
07-07-12:婚約内定一周年会見で「(子どもの数は)オーケストラは考えていない」と述べたこと
07-07-13:皇族女性や海外からご訪問の要人女性と衣装がかぶることがあること
07-07-13-01:1993-1994年頃
07-07-13-02:1994年6月10日両陛下の見送り
07-07-13-03:1995年1月2日一般参賀
07-07-13-04:1995年1月10日講書始の儀
07-07-13-05:1995年2月8日英国ダイアナ妃来日
07-07-13-06:1995年6月22日と2003年6月19日の赤十字ナイチンゲール記章授与式
07-07-13-07:1995年7月4日マンデラ大統領の歓迎晩餐会
07-07-13-08:1996年7月の雅子さまの衣装
07-07-13-09:1996年10月22日ベルギー王室来日
07-07-13-10:1998年5月24日両陛下訪欧の見送り
07-07-13-11:2002年7月20日両陛下訪欧の出迎え
07-07-13-12:2005年11月15日紀宮さまの結婚式
07-07-13-13:2008年11月10日スペイン国王夫妻の歓迎式典
07-07-13-14:2009年1月1日新年一般参賀
07-07-13-15:2009年7月17日両陛下お迎え
07-07-14:1994年7月東宮御所の改修のこと
07-07-15:カタールの水族館でのこと
07-07-16:中東訪問時のクウェートでの衣装のこと
07-07-17:中東訪問の際、予定より2日早く帰国したこと
07-07-18:中東訪問からの帰国の途につくクイーン・マリア空港での表情のこと
07-07-19:「私の友達にそんなことを言う人は一人もいません」と言ったこと
07-07-20:基礎体温表の提出を拒否したこと
08:宮内庁の発言について
08-01:秋篠宮夫妻に第3子を望む
08-02:皇太子夫妻の参内について
08-03:2008年12月天皇陛下の検査結果に関する皇室医務主管等の説明及び皇太子妃殿下お誕生日に係るご感想と東宮医師団見解を踏まえての羽毛田宮内庁長官発言について
08-01-01:はじめに
08-03-02:天皇陛下は皇統の問題をはじめとするさまざまな事柄について心配しているということ
08-03-03:一部の報道で「両陛下は雅子さまが公務をしないことを不満に思っている」「皇太子一家がオランダに赴いたことに批判的だった」という記事があったけれど、宮内庁長官は両陛下からこのような言葉を伺ったことはないということ
08-03-04:両陛下が皇太子さまと雅子さまの健康について心配していること
08-03-05:雅子さまの適応障害という診断に対し、「皇室そのものが雅子さまにとってストレスであり、病気の原因なのではないか」「雅子さまがやりがいのある公務をできるようにすることが快復の鍵である」といった議論がなされることに両陛下は深く傷ついたこと
08-04:2008年12月12日の野村東宮大夫の発言について
09:雑記
09-01:私のことをあれこれ言う人たちのこと
09-01-01:私は最終的に一体何者になるんだろ…(笑)
09-02:皇室について語ること
10:雑誌などの記事のこと
10-01:「婦人公論」2009年8月9日号の「女性が考える『平成の皇室』」
10-01-01:平成の皇室」1012人アンケート結果
10-01-02:香山リカさんと鹿島茂さんの対談
10-01-03:天皇家・宮家への素朴な疑問
10-01-04:御所の"オク"を仕切る女官とは
10-02:「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社
10-02-01:学習院での生活について
10-02-02:学習院と皇室の結びつきについて
10-02-03:ご学友について
10-02-04:学習院での浩宮さまについて
10-02-05:東宮御所での浩宮さまのようす
10-02-06:「ボランティア」についての美智子妃のことば
10-02-07:礼宮さまについて
10-02-08:浩宮さまの結婚に関してのことば
10-02-09:礼宮さまの発言
11:ニュースなど
11-01:天皇陛下と中国副主席の会見について
12:素朴な感想
12-1:皇族のヘアスタイルのこと
...................................................
皇室のこと以外の記事のもくじです
01:社会のこと。
01-01:奥谷氏の「過労死は自己管理の問題」発言
01-02:正しければ何でもしていいのでしょうか
01-03:亀田一家
01-04:チベット問題
01-05:秋葉原無差別殺傷事件
01-06:派遣社員の解雇について思うこと
02:情報・報道のこと。
02-01:個人主義について
02-02:週刊誌
03:政治のこと。
03-01:柳沢厚生労働相の「女性は子どもを生む機械」発言
03-02:北九州市長選と愛知県知事選
03-03:柳沢厚労相今度は「結婚・子供2人 極めて健全」発言
03-04:安倍政権ボロボロ・・・
03-05:失言じゃないけど・・・
03-06:守屋事務次官の接待事件
03-07:拉致被害者を北朝鮮に戻すべきだった?
03-08:臓器移植と脳死
03-09:衆議院議員総選挙
04:プライバシーのこと。
04-01:ブログのプライバシー
05:北朝鮮のこと。
05-01:北朝鮮の核開発って・・・
05-02:北朝鮮の対応を見ていると・・・
06:芸能界・スポーツ界のこと。
06-01:エドはるみ
06-02:飯島愛さん死亡について思ったこと
06-03:安藤美姫選手について
御学友について:「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社
2010/02/10 Wed 05:30

テレビや雑誌などで、皇族をよく知る人物として「ご学友」が登場したりしますが、この「ご学友」って定義のようなものがあるのでしょうか
私は単に「学友」に「ご」がついたもので、学校生活を共にした級友・クラスメイト・同級生のことだと思っていましたが、この本によるとご学友というのはクラスが一緒になっただけではないのかなあ…と思いました
少なくとも、同学年なだけでは「ご学友」ではないようです
同じクラスになれば「ご学友」なのか、いつもつるむような存在だけを「ご学友」と呼ぶのか、そこがちょっとわかりませんでした
学校でのクラス編成には、普通の学校でもいろいろな留意点がありますよね
成績が平均になるようにとか、男女の比とか、そういう基本的なこと以外に、あまりにも仲がよすぎる子たちは離されたり、私が中学のときにはクラス対抗の合唱コンクールがあったので、クラスにひとりピアノ伴奏ができる子がいるようにということが盛り込まれたと聞きました
浩宮さまが在学していたときのクラス編成は、一般的な感覚とはちょっと違う留意点があったみたいです
中等科でのご学友的存在として示されたのは、
1:本宮家の子弟
2:初等科時代のなかよし
3:中等科段階での成績上位者
4:当人の個性、人間的な幅(クラスのリーダーシップをとれるような生徒)
だったのだそうです
こういう生徒が優先的に浩宮さまのクラスに編成されたらしく、他のクラスとのバランスがちょっと気になりました
きっと浩宮さまがいるだけで、そのクラスはすでに特別なクラスだったんでしょうけどね…
それに、クラス編成に関して、父母面談のとき、美智子妃からは「(本宮家の子弟の)賀屋さんとは、一生おつきあい願いたいと考えております」という言葉があったらしく、結果賀屋さんは同じクラスになったそうで、親の意向や宮内庁の意向も汲まれるようでした
親が子どもの友人選びに口を出すのは私としては「どうよ?」と思いますが、将来天皇になる立場にある浩宮さまに少しでもいい友人をという思いがあったのだと思います
逆に、浩宮さまのクラスから遠ざけられた生徒もいたようです
生徒の中に、いわゆる皇室賛美者がいて、浩宮さまと同じクラスに入りたがっていたそうです
この生徒はまわりの生徒からも理解されがたい生徒で、彼は意図的に浩宮のクラスから排除され、3年間同じクラスになることはなかったとか…
当然と言えば当然かなと思います
世の中にも皇室賛美者(今は東宮だけ批判をする人は多いですけど)がたくさんいますが、そういう人たちは結局のところ遠ざけられる存在になってしまうわけで、それが何とも皮肉な気がします
学習院にはいなかったのかもしれませんが、いわゆる左寄りの考え方の生徒も当然遠ざけられる存在になったのだと思います
学習院という場所にいながらも、極端な思考を持つ生徒が遠ざけられる存在となるのは、意外な気もするような、当然のようなかんじがしました
ご学友は、おそらくヨーロッパの王室では見られない、日本の皇室に特有のものだと筆者は語っています
多少の例外はあるにしても、東宮御所と学習院の意向によって浩宮さまのご学友は決定されます
浩宮さまの意向は反映されないのは当然と言えば当然なのですが(ふつうの学校でもあの子と一緒のクラスになりたいという希望は聞き入れられないですから)、大人がご学友を選ぶということが果たして浩宮さまのためになったのかと疑問に思いました
ご学友の選択は大人の目から見て浩宮さまにとって有効であることが基準で、個々のご学友にとって浩宮さまが有効かどうかは問題にならないのだそうです
つまり、ご学友というのは浩宮さまのほうから見ての存在であり、ご学友にとって浩宮さまはご学友とはならず、一方的な関係だということなのだとか…
このご学友というのは普通の意味での友人関係を前提としていないとのことで、大人の選んだ偽装友人のような気がして、一体どういう存在だったんだろうかと心配になってしまいました
美智子妃が「一生おつきあいさせたい」と言っていた賀屋さんは、実際には浩宮さまとさほど親密そうではなかったようだし、大人がよかれと思って選んだご学友が必ず浩宮さまにとっていいかどうかは別のようです
こんなふうに見ていくと、ご学友という存在は、私たちが考える友だちとはずいぶん違うことがわかります
友だちというのは、自然にひかれ合って仲よくなっていくものですが、浩宮さまの場合、自然に発生した友情というものが欠如しているのではないかなと感じました
東宮御所や学習院としては、「この人とおつきあいしなさい」とただひとりを突き出したのではなく、浩宮さまの友人としてふさわしいご学友を選び、その中から「自然に」「浩宮さまの意思で」友人を選び、友情を育んでほしいと思っていたのだとは思います
親の立場から見れば、悪い影響を与えそうな子とはつきあってほしくないと思うのは自然なことだし、そういう思いで浩宮さまのまわりにはそれなりの資質を備えたご学友をはべらせたのだろうし、将来天皇になる立場であることも考えれば、そうすることはごく自然なことなのだとは思います
しかし、筆者が指摘しているのは、ご学友も含めた上での対人関係において、誰かと対等にぶつかりあうという経験が浩宮さまにはおそらくなかったこと、そこに人間浩宮徳仁の最大の不幸があるのでは、という点です
本来なら人と人がぶつかりあって、ケンカをしたり、意地悪をしたり、仲直りしたり、励ましあったり、そうやって人間関係って育まれていくものですよね
でも、このご学友だと、そういうことがあんまりなさそうです
筆者が担任だったときにクラスのようすを見ていて、そんなふうに感じたんだと思います
ご学友は友人とはほど遠い存在で、古い言い方を敢えてすれば「臣下」のような存在で浩宮さまと接していたのではないかと、筆者は語っています
でも、難しい問題だなあと思います
やっぱり将来天皇になる立場ともなると、違ってきて当然と言えば当然だし、でもひとりの人間として普通の人間関係や友人関係が築けないのはマイナスだと思うし…
それに、前になんかの本で読んだ気がしたんですが、今の天皇陛下も、友人に本当のことを漏らしたらそれを暴露されちゃって、天皇陛下が怒ったとかなんとか…
たしか美智子さまとの結婚が恋愛結婚だったということだった気がしたのですが、その暴露した人がご学友だったかどうかは覚えていませんが、普通なら友人同士だから話したであろうことを、他の人(マスコミとか)にしゃべっちゃうのって、相当な裏切りだと思います
天皇陛下にしてみれば、ご学友という「友人」にだっておちおち本音を語ることもできないんじゃないかと思ってしまいました
浩宮さまも「ご学友」の中から真の「友情」を育むことができたのかどうか…それがあるのとないのとではその後の人間関係もずいぶん違ってくる気がします
学習院と皇室の結びつきについて:「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社
2010/02/05 Fri 05:30

学習院が皇室と強いつながりがあることは前記事でも述べましたが、単なる歴史的なものだけでないようです
例えば、浩宮さまが高等科を、礼宮さまが初等科を卒業したとき、2人の卒業を祝う会が開催されたのだそうですが、2人の両親(つまり今の天皇皇后陛下と母方の両親)と学校関係者が招かれ、その席でクラス担任があいさつをしたり…ということがあったのだとか
今はどうなのかわかりませんが、卒業を祝って学校の先生までもが招待されるって、私たちの感覚ではあんまりないんじゃないかなあと思います
たとえば結婚式に恩師を呼ぶなんてことはあるかもしれないですけどね…
他には、浩宮さまが高等科に在学しているときに、宮内庁東宮職と学習院中高等科教員チーム「クラブ服部」とのテニスマッチが年に1回東宮御所のコートで開かれたのだそうです
これも学習院と皇室の強いつながりを感じさせる事柄だと思いました
試合後の懇親会には浩宮さま・礼宮さまも参加したそうですし、浩宮さまは2年生くらいからは一緒にビールを飲んでいたとか(笑)
未成年なのにいいのか?って思ってしまいますが、先生がいる場で先生も黙認しているってことなんですかね
懇親会後、浩宮さまは教員たちと二次会に参加し、お開きになるまでビールを飲みながらつきあっていたとか…ほんといいんですか?と聞きたくなってしまいます
お開きになったのは一体何時頃なのか、未成年者が大人の飲み会につきあってビールを飲んでもいいのか、それをよしとしている教員って一体…とオドロキの連続です
筆者は学習院での浩宮さまへの特別扱い・逆差別などを嘆いていましたが、この懇親会や二次会には参加していたようだし、これだって立派な特別扱いなんじゃないかなあと思ってしまいます
普通の教師なら、もし浩宮さまが二次会についてきたそうだったとしても、「ここからは大人だけの時間だから…」と言って帰すとか、「未成年だからお酒はダメだ」と言ってジュースにするとか、そういうことをすると思うんですけど、そうはしていないようでした
こんなふうに浩宮さまだけが教員との時間を共にしたりすることは、おのずと他の生徒に「浩宮さまは特別なんだ」と感じさせる要因となると思います
私は皇族である以上他のみんなのまったくの平等に扱うというのは難しいのだとは思いますが、どうしてもそうなってしまうことと、やり方次第で避けられることがあると思います
このテニスマッチ後の二次会参加は後者に当たるものだと思いました
学習院での生活について:「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社
2010/01/30 Sat 05:30

先日図書館で「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社を借りて読みました
筆者は今の皇太子さまの高等科のときの担任の先生で、担任をしていたときに感じたことなどが綴られた本です
はじめは、皇太子さまの高校生活を暴露して印税をもうけようとしているんじゃないかとあまりいい印象を持っていなかったのですが、読み進めていくと、筆者は特殊な環境で育てられている皇太子さまに対しての思いを感じました
まずはじめに学習院での生活についてです
皇族の学習院離れがどうのこうのと話題になってはいますが、これまでほとんどの皇族が学びの場としてきた学習院について、筆者が浩宮さま(今の皇太子さま)の担任だったときに感じたことを少しまとめてみたいと思います
わかりやすくするために、ここでは今の皇太子さまを「浩宮さま」とします
学習院は明治時代の初期1877年に皇族・華族のために作られた学校で、その名残があるとは言え、ふつうの学校とはずいぶん違うなあという印象を受けました
まず、学校内に皇族がいるというだけでぴりぴりとした雰囲気があるのだそうです
まあこれは当然と言えば当然でしょう…ふつうの学校だって名の知れた生徒がいたらぴりぴりするでしょうから…
ただ、それが将来皇位を継承するであろう生徒かどうかで違うらしく、浩宮さまが在学していたときは他の皇族がいたときよりもなおさらぴりぴりしていたのだそうです
一部の先生が浩宮さまのことを「宮様」「殿下」と呼び、教師自らが特別扱いしていたのだとか…ここからしてどうなの?っていう気がします
それから、学習院の父母会名簿というものがあり、在学者の保護者の住所・電話番号・職業が書かれているらしいのですが、皇族だけは1ページ目に大きな活字で名前と住所だけが印刷されているのだそうです
浩宮さまの場合は「浩宮徳仁親王殿下 高等科第3学年御在学」と書かれるのだとか…
この本は2001年に出版されたものなので、今の名簿がどうなっているのかはわかりませんが、皇族だけが別に記載されている(しかも1ページ目に大きな文字で)ことからも、学習院は今も皇族のための教育施設であるのだと言ってもいいのではないかと思ってしまいます
「在学」ではなく「御在学」となるところからも伺えますよね
他の学校へ行った場合、こういう名簿のようなものがあったとしたらどうなるのでしょうか
他の生徒と同じように記載されるのか、それとも1ページ目に大きな文字で記載されるのか…私は前者だと思いますが、ちょっと興味があります
学校内で使用される生徒名簿では浩宮さまは「徳仁親王」で名簿のナ行にランクされていたそうで、一部の教師が「宮様」などと呼んだけれど大方は「浩宮」と呼んでいたのだそうです
「浩宮」というのは幼少時の愛称みたいなものだと聞いたことがありますが、これが名字のような役割をしているのかなあとは思いますよね
宮家の場合だと、例えば「秋篠宮」が名字みたいな感じです
学校での警備ですが、当然と言えば当然なのかもしれないけど、ずいぶんと厳重に警備するんだなあという感想を持ちました
学校内での警衛の打合せは各学期に入る直前に、担任と東宮侍従と警視庁、目白署各関係者で行なわれ、予定されている学校行事や参加するクラブ活動の際の具体的な警備についてが決められるそうです
貸し切りバスなどを使って移動するような学校行事のときには、バスが通る沿道の警備には所轄署の警官が配備され、浩宮さまの乗ったバスは前後を覆面パトカーが先導追尾し、沿道の交通信号はノンストップで走行できるよう手動で操作されるのだそうです
結果浩宮さまのバスのあとに続く車両は例外なく赤信号でストップとなり、一般の関係のない車両も同様にストップされたのだとか…すごいですよね
天皇陛下の乗った車は信号で止まらないと聞いたことはありましたが、浩宮さまもそうだったとはオドロキです
この時代はまだ皇太子でもなかったのに、そこまでするのか…という思いがします
今もそういうことは行なわれているんでしょうかね…悠仁さまが学校に通うようになったら同じような感じになるのでしょうか
クラブ活動に関しても同様に警備がなされ、浩宮さまが所属しているということで、そのクラブそのものが特別なものとなり、自由性や任意性が制約を受け、保守性や穏健性が目立つようになったのだそうです
そして学級活動も、浩宮さまがいることでいろいろな制約を蒙ることとなり、それは浩宮さまにとっても他の生徒にとっても好ましいことではなかったと筆者は語っています
ふだんの学校生活をしているときにも当然警備は行なわれ、校内でも皇宮警察の側衛が2-3名から5-6名浩宮さまの登校に合わせて常駐し、舎玄関横の側衛控室に待機したり、校庭の樹木の陰に佇んでいたり、でも校舎内に立ち入ることはなかったのだそうです
浩宮さまが使用する教室の黒板の後ろには非常ベルが設置されたともありました…でもこれは使われることはなかったのだそうです
父母面談も、他の生徒の場合は学校に父母が出向いて行なわれますが、浩宮さまの場合、担任が浩宮さまの元へ出向いて行なわれたそうです
これについては高等科内でもさまざまな意見があり、筆者の同僚のひとりは、「父母面談の主旨から言って、他の父母と同じように、高等科に来てもらうのが筋だと思う」という意見でした
筆者もこのことを申し入れたことがありましたが、「警備上の問題」とのことで却下されたのだそうです
学習院という皇族を受け入れる準備ができている学校でも、「警備上の問題」で父母が学校に来られないのか…と思いますね
警備上の問題というのは口実で、学校側に来てもらうということが畏れ多いからだったんじゃないかと私は思います
このように浩宮さまの両親(当時の皇太子夫妻)への逆差別は、当然浩宮さまに対する逆差別にもつながるのではないかとのことでした
これを読んでいると、学習院において皇族の存在は当然のように特別視されているのだなあと感じます
たしかに将来天皇になる存在である浩宮さまを警備しなくてはならないのは当然のことだとは思いますが、バスをノンストップで走らせるとか、名簿の1ページ目に在籍する皇族を大きな文字で並べるとか、学習院は皇族ありきの学校だということを感じます
学習院幼稚園は浩宮さまが生まれた2年後に宮内庁から学習院に幼稚園の設置について非公式な問合せがあり、浩宮さまの入園に先立つ1年前に私立幼稚園として新たに発足したらしいし、皇族の入学に合わせて校舎の改修が行なわれたりもするし、皇族が特別な存在とされていることを強く感じます
初等科・中等科では、毎朝校舎の玄関で浩宮さまの登校を担任が出迎えていたらしく、これは高等科になって「そういう必要ないことはやめにしたい」と廃止されたらしいのですが、クラス内の生徒を平等に扱うのが担任の心得だと思っている私にとってはけっこうびっくりですね
保育園などで入口に先生が立って子どもたちを出迎えることはありますが、特定の子を出迎えるわけではないし、浩宮さまだけを出迎えているというのはかなり目立ったんじゃないでしょうか
少なからず同じクラスの生徒は「あれ」と思ったと思います
皇族である以上ある程度は仕方がないのだとは思いますが、「学校に入ってしまえば他の生徒と同じに扱われる」というわけには行かないのだなあと思いました
当の本人だって自分が特別扱いされていることを感じるだろうし、そういった中で普通の学校生活を送っていくのは難しかったんじゃないかと思います
警備上のことは仕方ないとしても、その他のこと…名簿のことやお出迎え、呼び方などはなくてもいいんじゃないかなと私は感じました
基礎体温表の提出を拒否したこと
2010/01/25 Mon 05:30
情報源は「週刊文春」2006年2月23日号だそうです
天皇家にとって「お世継ぎ」は最重要の課題であったが、皇太子ご夫妻のお考えは天皇とは異なっていた
元宮内庁関係者が明かす
「天皇皇后が『お世継ぎ』を望まれるご意思は強く、いわば『デューティ(義務)』だとお考えでした
ところが皇太子ご夫妻は『子どものことは自分たちで考える』というお考えだった
その後も天皇皇后は、皇太子ご夫妻が四年間も子宝に恵まれないことについて何の対策もお取りになっていないことをお知りになって、さすがにご心配が募られたようです
そこで、宮内庁御用掛で皇后さまの掛かりつけ医であった産婦人科医の坂元正一氏にいろいろとご相談されました
ところが坂元さんは皇后の信頼が厚いためか、皇太子ご夫妻から警戒されてしまったそうです
坂元さんは『自分のことを両陛下の側の人間だと思われるらしく、敬遠されてしまう』と嘆いていた
両陛下にご報告するにも材料がなく困っていたみたいです」
そこで坂元御用掛の代わりに東宮侍医長が皇太子ご夫妻におうかがいを立てることになったという
97年頃のことだ
「東宮侍医長は温厚な人だったので苦慮したようですが、失礼なことは承知の上で、『基礎体温表を出していただけないでしょうか』とお願いに上がったのです
それが皇太子ご夫妻のご不興を買ってしまった
『他人が口をはさむものではない』と厳しいご返事をいただいたと聞きました
その後、東宮侍医長は遠ざけられ、雅子さまへのお目通りは一切許さなくなり、連絡はメモのやり取りだけに限定されたそうです
彼はまもなく東宮御所を去ることになりました」
毎回毎回週刊誌の記事を読むたびに思うんですが、この情報を明かしている「元宮内庁関係者」って一体誰なんでしょうね
ほんとにそういう人が実在するのか、一体どういう人が週刊誌に情報を流すのか、とっても興味があります
私はこの記事から、東宮御所だけに限らず、皇室全体が雅子さまに対し「お世継ぎはまだかお世継ぎはまだか」というまなざしを向けていたのだなあと感じます
記事からすると、皇太子夫妻はお世継ぎを設けることを義務だとは考えず、自分たちで考えるという考えだったとのことですが、果たしてそうでしょうか
結婚後の会見で、記者から何度も何度も「お世継ぎ」について質問されていますが、「十分承知している」という認識だったように記憶しています
私は皇太子夫妻はお世継ぎのことをきちんと考えていたと思います
子どもを授かるということはとってもプライベートな問題ですが、皇太子夫妻の立場では、こういったプライベートな問題が「公」の部分にも関わってくるわけで、そのへんがとても難しいと思います
例えば、じゃあ雅子さまがなかなか子どもを授からないということを公言して、不妊治療を行なっているということを明かせばよかったのでしょうか
そうすることはとても勇気がいると思います
私も2人目不妊で悩んでいたとき、人には絶対に話しませんでした
話したい気持ちはあったけど、同じように不妊を抱えている友だちに話して、気持ちをわかってもらえたとしても、もしその友だちが先に子どもを授かったりしたら、私は「おめでとう」って言ってあげられるだろうか…という自信がありませんでした
順番はわからないけど、必ずいつか授かるのだというのなら、もう少しゆとりも持てたかも知れませんが、不妊治療を続けていると、ときにふっと「もしかしたらこのままずっと授からないのかもしれない」なんていう思いがよぎってしまったり…
不妊治療を続けるということは、「いつかきっと授かるだろう」と信じているということです
それが励みになっています
ただ、それってほんとに不確かでなんの保証もない、とにかく「信じる」ってことだけ…そういう気持ちで日々を過ごすのは思った以上にしんどいものです
雅子さまもそういう思いでいたのだと思います
この記事から伺える皇室の雰囲気が雅子さまを追いつめていたことは容易に想像がつきます
私としては、こういう情報がどうして外に漏れるのかが疑問だと思うし、本当にもと宮内庁関係者が見聞きしたにしてはあまりにも具体的すぎて、想像が働いているような気がしてなりませんが、この記事の内容が事実だったとして意見を述べたいと思います
基礎体温は不妊治療をするにあたって重要な情報になるものだと思います
基礎体温から不妊の原因をある程度突き止めることもできます
高温期がない状態なら無排卵の可能性もあるし、高温期が短い状態なら黄体機能不全の可能性が疑われるし、基礎体温を見ただけで「不妊の原因はこれだ」と確定はできませんが、想像をつけることはできると思います
私も2人目不妊で治療をしていたときには基礎体温を測り、体温表を提出していました
なので、医師が基礎体温表を提出していただきたいと思うのはごく自然なことだと思います
ただ…どういうふうにそれをお願いしたのでしょうかね
皇太子夫妻がまわりがお世継ぎムードむんむんになっているのを痛いほど感じている中で、自分の直接のかかりつけ医ではない人からいきなりそういう話をされたら警戒するだろうなとは思いますね
東宮侍医長が聞くのはごく自然だと思いますが、きちんと話をして「基礎体温表を…」と言ったのでしょうか
いつもいつも思うんですが、皇室内でのコミュニケーションがいつもうまく行っていない気がします
この東宮侍医長が直接皇太子夫妻に述べたのか、それとも側近を通して伝えたのか、それによってだいぶ変わってくると思います
側近を通して「基礎体温表を提出してほしい」とだけ言われたらやっぱりいやだろうなと思いますね
だからと言って「他人が口をはさむものではない」と言うのはどうかとは思います
東宮侍医長が皇太子夫妻の体の心配をするのは当たり前のことだし、いわば義務だし、「他人」ではないと思いますし…
その後と東宮侍医長は遠ざけられてメモの受け渡しだけになったとありますが、それはお世継ぎの問題に限ったことなのでしょうか
皇太子夫妻は私たちよりも多く定期検診みたいなものを受けていると思うんですが、そういうときには東宮侍医長とのやり取りがあったはずでしょう
まったくお目通りが通らなくなったってことはないと思うのですが、もしほんとにそういう状態になったのだとしたら、東宮侍医長の役割をまったく果たせない状態になってしまっていたということになります
それではちょっとまずいですよね…
自分の体のことは自分の責任ではありますが、皇太子・皇太子妃という立場にある場合、自分の健康が自分だけのものではないとも言えますから、東宮侍医長がきちんと皇太子夫妻の健康管理をする必要があると思います
それから、結婚後4年間のあいだ子宝に恵まれないことについて何の対策もとっていなかったとありますが、もし本当なら4年はちょっと長いかなあと思います
昔は2年子どもが授からなければ不妊の疑いがあると言われていましたが、今は1年だとも言います
本当に4年間何もしていなかったのだとしたら、「お世継ぎのことを考えていない」と思われてしまっても仕方がないかなあとは思います
天皇家にとって「お世継ぎ」は最重要の課題であったが、皇太子ご夫妻のお考えは天皇とは異なっていた
元宮内庁関係者が明かす
「天皇皇后が『お世継ぎ』を望まれるご意思は強く、いわば『デューティ(義務)』だとお考えでした
ところが皇太子ご夫妻は『子どものことは自分たちで考える』というお考えだった
その後も天皇皇后は、皇太子ご夫妻が四年間も子宝に恵まれないことについて何の対策もお取りになっていないことをお知りになって、さすがにご心配が募られたようです
そこで、宮内庁御用掛で皇后さまの掛かりつけ医であった産婦人科医の坂元正一氏にいろいろとご相談されました
ところが坂元さんは皇后の信頼が厚いためか、皇太子ご夫妻から警戒されてしまったそうです
坂元さんは『自分のことを両陛下の側の人間だと思われるらしく、敬遠されてしまう』と嘆いていた
両陛下にご報告するにも材料がなく困っていたみたいです」
そこで坂元御用掛の代わりに東宮侍医長が皇太子ご夫妻におうかがいを立てることになったという
97年頃のことだ
「東宮侍医長は温厚な人だったので苦慮したようですが、失礼なことは承知の上で、『基礎体温表を出していただけないでしょうか』とお願いに上がったのです
それが皇太子ご夫妻のご不興を買ってしまった
『他人が口をはさむものではない』と厳しいご返事をいただいたと聞きました
その後、東宮侍医長は遠ざけられ、雅子さまへのお目通りは一切許さなくなり、連絡はメモのやり取りだけに限定されたそうです
彼はまもなく東宮御所を去ることになりました」
毎回毎回週刊誌の記事を読むたびに思うんですが、この情報を明かしている「元宮内庁関係者」って一体誰なんでしょうね
ほんとにそういう人が実在するのか、一体どういう人が週刊誌に情報を流すのか、とっても興味があります
私はこの記事から、東宮御所だけに限らず、皇室全体が雅子さまに対し「お世継ぎはまだかお世継ぎはまだか」というまなざしを向けていたのだなあと感じます
記事からすると、皇太子夫妻はお世継ぎを設けることを義務だとは考えず、自分たちで考えるという考えだったとのことですが、果たしてそうでしょうか
結婚後の会見で、記者から何度も何度も「お世継ぎ」について質問されていますが、「十分承知している」という認識だったように記憶しています
私は皇太子夫妻はお世継ぎのことをきちんと考えていたと思います
子どもを授かるということはとってもプライベートな問題ですが、皇太子夫妻の立場では、こういったプライベートな問題が「公」の部分にも関わってくるわけで、そのへんがとても難しいと思います
例えば、じゃあ雅子さまがなかなか子どもを授からないということを公言して、不妊治療を行なっているということを明かせばよかったのでしょうか
そうすることはとても勇気がいると思います
私も2人目不妊で悩んでいたとき、人には絶対に話しませんでした
話したい気持ちはあったけど、同じように不妊を抱えている友だちに話して、気持ちをわかってもらえたとしても、もしその友だちが先に子どもを授かったりしたら、私は「おめでとう」って言ってあげられるだろうか…という自信がありませんでした
順番はわからないけど、必ずいつか授かるのだというのなら、もう少しゆとりも持てたかも知れませんが、不妊治療を続けていると、ときにふっと「もしかしたらこのままずっと授からないのかもしれない」なんていう思いがよぎってしまったり…
不妊治療を続けるということは、「いつかきっと授かるだろう」と信じているということです
それが励みになっています
ただ、それってほんとに不確かでなんの保証もない、とにかく「信じる」ってことだけ…そういう気持ちで日々を過ごすのは思った以上にしんどいものです
雅子さまもそういう思いでいたのだと思います
この記事から伺える皇室の雰囲気が雅子さまを追いつめていたことは容易に想像がつきます
私としては、こういう情報がどうして外に漏れるのかが疑問だと思うし、本当にもと宮内庁関係者が見聞きしたにしてはあまりにも具体的すぎて、想像が働いているような気がしてなりませんが、この記事の内容が事実だったとして意見を述べたいと思います
基礎体温は不妊治療をするにあたって重要な情報になるものだと思います
基礎体温から不妊の原因をある程度突き止めることもできます
高温期がない状態なら無排卵の可能性もあるし、高温期が短い状態なら黄体機能不全の可能性が疑われるし、基礎体温を見ただけで「不妊の原因はこれだ」と確定はできませんが、想像をつけることはできると思います
私も2人目不妊で治療をしていたときには基礎体温を測り、体温表を提出していました
なので、医師が基礎体温表を提出していただきたいと思うのはごく自然なことだと思います
ただ…どういうふうにそれをお願いしたのでしょうかね
皇太子夫妻がまわりがお世継ぎムードむんむんになっているのを痛いほど感じている中で、自分の直接のかかりつけ医ではない人からいきなりそういう話をされたら警戒するだろうなとは思いますね
東宮侍医長が聞くのはごく自然だと思いますが、きちんと話をして「基礎体温表を…」と言ったのでしょうか
いつもいつも思うんですが、皇室内でのコミュニケーションがいつもうまく行っていない気がします
この東宮侍医長が直接皇太子夫妻に述べたのか、それとも側近を通して伝えたのか、それによってだいぶ変わってくると思います
側近を通して「基礎体温表を提出してほしい」とだけ言われたらやっぱりいやだろうなと思いますね
だからと言って「他人が口をはさむものではない」と言うのはどうかとは思います
東宮侍医長が皇太子夫妻の体の心配をするのは当たり前のことだし、いわば義務だし、「他人」ではないと思いますし…
その後と東宮侍医長は遠ざけられてメモの受け渡しだけになったとありますが、それはお世継ぎの問題に限ったことなのでしょうか
皇太子夫妻は私たちよりも多く定期検診みたいなものを受けていると思うんですが、そういうときには東宮侍医長とのやり取りがあったはずでしょう
まったくお目通りが通らなくなったってことはないと思うのですが、もしほんとにそういう状態になったのだとしたら、東宮侍医長の役割をまったく果たせない状態になってしまっていたということになります
それではちょっとまずいですよね…
自分の体のことは自分の責任ではありますが、皇太子・皇太子妃という立場にある場合、自分の健康が自分だけのものではないとも言えますから、東宮侍医長がきちんと皇太子夫妻の健康管理をする必要があると思います
それから、結婚後4年間のあいだ子宝に恵まれないことについて何の対策もとっていなかったとありますが、もし本当なら4年はちょっと長いかなあと思います
昔は2年子どもが授からなければ不妊の疑いがあると言われていましたが、今は1年だとも言います
本当に4年間何もしていなかったのだとしたら、「お世継ぎのことを考えていない」と思われてしまっても仕方がないかなあとは思います
