スポンサーサイト

--/--/-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告
私が経験したのは2人目不妊でした
1人目のときはそろそろほしいなあと思っていたらすぐにできた、というかんじだったので、いろいろ悩むことはなかったのですが、振り返ってみると、急に2人目から不妊になったわけではなかったのではないかと思います
それは1人目のときから2人目不妊の原因となった要素がなかったわけではないからです
私は基礎体温が全体的に低かったし、低温期から高温期への移行がだらだらしていていつから高温期なのかはっきりしなかったし、そのため排卵日の特定がなかなか難しくて、黄体ホルモンが不足しているであろう症状は1人目を授かる前からありました
基礎体温を測りはじめてそういう状態がわかり、何となく不安に感じていましたが、たまたまそろそろほしいと思っていたときに偶然うまく行っただけだったので、感覚としては「子供がほしいと思って1回で授かった」という感じでした
先にも書きましたが、特に心身に異常がなくても妊娠に至る可能性というのは思った以上に低いわけで、そういう意味から言っても、私が1人目をすぐに授かったのはとてもまれなことだし、自分が子供ができやすい体質なのだなどとは到底思えません
実際に2人目不妊を経験して、不妊のつらさ、不妊治療のたいへんさを知り、とてもしんどい月日を過ごしました
いつ終わるかもしれない不妊治療を続けていると、いったいいつまでこれを続けるのだろうと途方に暮れてしまい、でもせっかく始めた不妊治療なんだから、2人目を授かるまでもう少し頑張ってみよう…という思いで続けていました
昨年2人目を無事出産し、あのつらい日々があったからこそこうして授かることができたことをとてもしあわせに感じています
不妊治療を頑張ってよかったと思います
これからのこと…もちろん授かった子どもたちをを育てていくことは当然のこととして考えてはいるけれど、3人目のことはあまり考えていません
経済的なことや年齢的なこともあるけれど、もし授かるのなら3人目もほしい気持ちはあるので、いらないとは思っていません
ただ、不妊治療をしてまで頑張って…という気持ちはありません
自然な流れで授からないかぎり、3人目を授かろうと努力しようとはしないつもりです
私の不妊治療期間はたった1年だったけど、それでもとてもつらい日々でした
2人目を…と願うが故にさまざまなところにひずみが生まれたこともありました
特に家族にはいろんな形で迷惑をかけたように思います
排卵日前はいつが排卵日なのかといつもカリカリしていたし、排卵日であろう日は落ち着かず、せかせかしていました
上の子を早く寝かせなくちゃ!と半強制的に寝かしつけたり、だんなさんが仕事で疲れて帰ってきてとても「営み」用体力がなさそうなときでも無理を言ってしまっていたし、今考えると、悪かったなあと思います
そして何よりもなかなか2人目を授からないことは自分が精神的につらかった…だから今は私には2人の子供が授けられたのだ、と思っています
もし、私が1人目から不妊に悩んでいたら、きっと子供は1人でいいって思ったのではないかと思います
知り合いに10年間不妊治療をしてやっと子どもを授かった人がいるし、友達でも結婚して4年目に人工授精で子どもに恵まれた人もいます
そういう人たちは私以上につらい日々を過ごしてきただろうし、私が3人目について思うのと同じような思いを2人目に対して抱いているのではないかと思います
けれど、雅子さまの場合、そういうわけには行かなかったのではないでしょうか
愛子さまの誕生会見でも「2人目のお子様について」さっそく質問があったし、「一姫二太郎と申しますから」などという人もいたし、愛子さまが生まれた直後からもう2人目についてまわりは騒ぎ始めていました
私も言われたことがありますが、1人目を生むと「1人目ができたんだから2人目もできるはず」と思う人は多いようで、1人目がなかなかできずにいる人に気を使えても、子供が1人いるとけっこう「2人目」についてデリカシーなく聞いてくる人は多いものです
一般的に言って、世間では「1人っ子はよくない」「やっぱり兄弟がいたほうがいい」という考えだと思います
「性の違う兄弟がいたほうがいい」とか「兄弟は3人以上はいたほうがいい」とか言うやっかいな人もいます
そういう意見もわからないわけではありませんが、なかなかそう思うとおりには行かないものなのです
雅子さまの第1子誕生を自分のことのように喜ぶ国民は多かったかもしれませんが、そういう人たちの大方が「次は男の子を」という思いを持っているわけだから、「おめでとう」とお祝いの言葉の裏にあるプレッシャーは比例して大きなものだったと思います
雅子さまがどのような思いだったかは想像するしかありませんが、長年子供に恵まれず、つらい日々を過ごしてきた雅子さまにやっと愛子さまが誕生し、無事に出産を終えてほっとした気持ちや我が子を胸に抱く喜びに浸っていたいところへ、「2人目のお子様」について考えさせるような環境ができあがってしまっているわけで、雅子さまとしては複雑な気持ちだったのではないかと思います
子供を授かるということはとても不思議なもので、1人目不妊でも2人目を割合早く自然に授かる人もいれば、1人目同様なかなか授からない人もいるし、私のように1人目はすぐにできたのに2人目がなかなかできない人もいたり、1人目も2人目も3人目もすぐに授かる人もいます
いろんなパターンがあって、実際どうなるのか本人にもわからないものです
ただ、1人目不妊だった人は2人目不妊になる可能性が高いのはたしかなようです
雅子さまもそうだったのではないかなと私は思っています
つらい不妊の日々をようやく乗り越えたのに、また再びつらい不妊の日々を送るというのはかなりつらいことではないかなと思います
愛子さま出産後に雅子さまが適応障害になってしまったことからも、精神的につらいことが多くあったのでは…と思うし、私は雅子さまの適応障害の主な原因はお世継ぎ問題にあると言っても過言ではないと思っています
雅子さまは皇太子妃という立場上、今の皇室典範においては「皇位継承権のある男子」を生まなければならないというプレッシャーがあります
つらい不妊の日々を乗り越えてやっと授かった愛子さまも女子であるということで、皇位継承に関しては「女子では生んでも意味がない」かのように扱われて、もしまた不妊治療を行なって2人目を妊娠しても女子だったら同じことの繰り返しになってしまうわけで、男子が生まれない限り雅子さまが苦しみから解放されることはないのではないでhそうか
男女生み分け法などもあるが、100%確実なものではないし、子供になかなか恵まれない人たちに「男の子がいい」とか「女の子がいい」とか求めることは酷なことだと思います
胎児の性別を決めるのは精子側だし、性別は希望して決められるものではないし、男子が生まれないことを女性側のせいにされてはたまったものではありません
これらのことを考えると雅子さまは愛子さまを授かる前よりもそのあとのほうがより大きく深い悩みを抱えたのではないかと私は思います
スポンサーサイト
不妊症について。 | コメント(1) | トラックバック(0)
私が雅子さまが不妊に悩んでいたのではないかと思う大きな理由は、愛子さまが誕生した際の記者会見の雅子さまのようすにあります
あのときの雅子さまは、愛子さまが生まれたときのことやそのときの気持ちを率直に語り、時折声を震わせて涙ぐみ、そのようすを見て愛子さま誕生までにはさまざまな苦労があり、愛子さまが生まれたときはこの上ない喜びを感じたのだなと思いました
子供が生まれるということはとてもおめでたいことで、まわりもおめでとうムード一色になるものだけど、あのようにあそこまで感情的になるには、相当の思い入れがあると私は思います
まわりからのプレッシャー、応援してくれる人からも「早くお子様を」というメッセージ、ちょっとした体調の変化だけで「ご懐妊」と報道されてしまう、いつもいつもまわりは「ご懐妊」したかどうかで自分を見ているような気がする…このようなことがどれだけ雅子さまの負担になっていたのだろうと想像すると、とても苦労されたのではないかという思いにります
それに雅子さまは一度流産を経験しています
それまでも決して短くない月日がかかり、やっと授かったいのちだったのに、それが流産という結果に終わるのはとてもつらいことだと思います
不妊治療をしていて妊娠することは大きな目標ですが、妊娠がゴールではありません
妊娠して約9ヶ月のあいだ胎児が成長して…という過程のはじまりにすぎないのです
せっかくそのスタートにたどり着けたのに流産という悲しい結果になってしまうのは本当につらいことだと思います
初期流産というのは受精卵側に問題があることが多く、いくら気をつけていても育たない場合が多くあります
そうだとわかっていても、「もしかしたら私のあのときの行動がよくなかったのではないだろうか」などと自分を責めてしまいがちです
雅子さまが流産する前に外国訪問を強行して流産の原因になった…という批判を聞いたことがありますが、果たしてそうなのかは誰にもわからないと思います
雅子さま自身妊娠に気づいていなかったのかもしれないし、妊娠がわかるかわからないかの超初期流産だったのかもしれません
初期流産の確率は15-30%ですから、これは決して少なくない確率です
そういう悲しみをも経験した雅子さまはいったいどんな気持ちだったのでしょうか
悲しい経験をしながらそれを批判する人たちもいて、雅子さまの悲しみを増幅させることになったのではないかと思います
私は流産の経験はありませんでしたが、2人目不妊になり、授かるのに時間がかかりました
やっと2人目を妊娠し、喜びも束の間、切迫流産になってしまい、実家での安静を余儀なくされ、不安な気持ちでいっぱいだったのを覚えています
大きさで言えばまだまだ小さくて、ヒトとはまだ判別しにくいほどでも、私にとっては私の子供であり、性別も顔もわからないけれどとても愛おしく感じていました
初期流産は妊婦側の問題でないことが多いとか、流産する子はどの道育たないのだからとか言われても、私に授けられた小さな小さな命は私にとってとても大きな存在だったし、とにかく無事に育ってほしいという思いでした
切迫流産を乗り越え、その後もいろいろ心配のあった妊娠であったものの、無事に生まれてきたとき、1人目のときとは違う感慨深さを感じました
なかなか授からなかったこと、切迫流産になって一時はだめなのかなと思ったことを考えると、ちゃんと生まれてきてくれたことが奇跡的なことのように感じられました
私には子供を生まなくては…という義務感やプレッシャーはあまりありませんでした
「2人目は?」とか「一人っ子じゃかわいそうよ」などと言われていやな気持ちになったことはありましたが、最悪子供がいなくても許される立場でした
ただ、私は1人の人間として子供がほしいという思いがありました
世の中にはいろんな生き方があって、必ずしも子供を設けることがふつうではないし、子供はいらないという人もいるけれど、あの会見を見て雅子さまも1人の女性として子供がほしいと思っていたのではないかと思います
皇太子妃という立場からお世継ぎとなる子供を持たなければならないという義務感やプレッシャーもあったでしょうが、ひとりの女性として子供がほしいという気持ちもあったのではないだろうかと思うのです
そうでなければあのような会見にはならなかったのかもしれません
愛子さま誕生後の雅子さまの愛子さまと過ごす表情を見ても、しあわせそのものの表情をしているし、愛子さまの誕生を心から喜んでいるのだと私は感じています
不妊症について。 | コメント(1) | トラックバック(0)

子供がほしいという気持ち

2008/04/18 Fri 10:37

生き方が多様化している現在において、結婚せずに独身でいることも、結婚して子供を持たずにいることも、それは人それぞれの生き方だと私は思います
昔のように「女は結婚したら家庭を守り、子供を設けるもの」という考え方を否定するわけではないが、そういう人ばかりではないと思うし、そういう先入観で女性の人生を決めつけるべきではないと思います
しかし、人が、特に女性が子供がほしいと思う気持ちはやはり特別なものだとも思います
生物にとって子孫を残すこと、自分の血を残すことは最も基本的な本能です
人間にもそういう本能がおのずと宿っていると思います
男性側に不妊原因が疑われたとき、男性がなかなか病院での検査に踏み切れないでいるのも、自分に生殖能力がないことを目の当たりにするのが怖い、という心理が働くからなのかもしれません
私が思うに、もしかしたら女性よりも男性のほうが不妊に対する精神的ショックは大きいのではないでしょうか
単純に比べられるものではないと思うが、いわゆる「種なし」ということになると、ひどくプライドを傷つけられるのかもしれません
以前だんなさんと男性不妊のことを話していたとき、だんなさんが「もし自分が種なしだったら、すごくショックだと思う…何のために生きてきたのかって思うよ」と言ったことがありました
このことはもちろん女性も同じで、子供がほしいのになかなか恵まれない状態が続けば、自分は女性として不十分なのではないかと悩んだりするかもしれません
子供を授かることが人生の目的ではないけれど、子供を望む人たちにとって子供がほしいという気持ちは本能的な願いであり、それがなかなか叶わないことは、女性として男性としての自信をなくすことにもなりかねない切実な問題だと私は思います
不妊症について。 | コメント(1) | トラックバック(0)

不妊治療のつらさ

2008/04/17 Thu 12:21

なかなか子供に恵まれず、病院に行って不妊症だということがわかると、不妊治療を受けることになりますが、不妊治療はけっこうつらいものだと思います
私は不妊に悩む以前、不妊治療のつらさを告白するサイトなどを読んで、とてもつらいのだろうなと感じましたが、それは子供がなかなか恵まれないということに対するつらさなのだと思っていました
けれど、実際に自分が不妊症になって不妊治療を受け、不妊治療のつらさはもっと複雑で深いものだと思うようになりました
不妊治療は不妊の症状に合わせてさまざまな方法がありますが、女性の生理周期に合わせて行われるというのは共通しています
現代の医学の進歩から不妊治療を経て子供を授かる確率は上がっているのだと思いますが、以前も述べましたが、妊娠をする確実な方法は未だないのが現状です
妊娠の最終段階である着床に関しては決定的な治療方法はわかっていないからです
妊娠するためにはまず精子と卵子が出会わなくてはならず、排卵しない人は排卵する治療をしたり、卵管が詰まっていて精子と卵子が巡り会えない場合は、卵巣から卵子を摘出して別に採取した精子と受精させる体外受精が行われたりする
体外受精の場合、受精卵を女性体内に戻し、着床したかどうか(妊娠したかどうか)2週間後(つまり生理予定日近辺)に検査をします
体外受精にしても人工授精にしても、そのほかの治療にしても、受精卵が着床するまで時間がかかります
着床の前の段階までの治療を行っているときは「今度はうまく行くかもしれない」という気持ちになります
着床までの治療がうまく行き、あとは着床するかどうか…ということになると、期待は高まるし、着床してくれるようにと祈る気持ちでいっぱいになります
だんだん生理予定日が近づいてくると期待はどんどん高まっていきます
今頃着床しているんじゃないかな…とか、妊娠したらいつぐらいに出産することになるのだろうと考えたり想像したりしてしまいます
生理予定日が目前に迫ってくると、期待と不安でいっぱいになり、妊娠か生理か、どちらだろう…早くはっきりさせたい…でも怖い…という思いになります
そんな不安定な気持ちで日々を過ごすのはとてもつらいことなのです
期待して期待して天に祈って、それなのに生理が来てしまったときのショックと言ったらことばになりません
着床を助けるために黄体ホルモンを高める処置などをすると、生理が遅れたり、高温期が長く続いたりするのですが、そうなるとよけい期待が高まってしまい、「妊娠したのかも!」と思っていたら生理がやってきて…なんてこともあります
そうなると、何もやる気がしなくなって落ち込んでしまったりします
だめだったんだ…ショックだよ…何が行けないんだろうなんて考えてしまいます
いったいいつになったら妊娠できるんだろう、このままずっと授からないんだろうか…とネガティブな気持ちにもなりかねません
けれど、また新たな周期が始まり、もしかしたら次はうまく行くかもしれない…今回はたまたまうまく行かなかっただけで、あと1回頑張ったら妊娠できるかもしれない…そういう期待がまた生まれてきます
そしてまた不妊治療を続け、今度こそ今度こそ…という気持ちを持ち、また期待と不安の日々を送る…この繰り返しがいつ終わるかもわからずに続くのです
実際に不妊治療を経験した人ならわかることですが、これが繰り返されるのはなかなか厳しいものです
どれくらい続けていけば授かることができるのかもわからないし、まるで闇の中を走り続けているようなかんじがします
また、不妊治療には痛みを伴うことが多いのもつらさの要因のひとつです
たとえば卵管が詰まっていないかを調べる卵管造影という検査は、卵管に水や空気などを通して調べるのですが、痛みを感じる人も多いようです
体外受精を行うときや排卵しにくい場合などは排卵誘発剤を打って排卵を促したり、卵子を摘出したりしますが、排卵誘発剤を打つことによる副作用があります
腹水といってお腹に水がたまり、水を抜いてもらわなければ苦しくてたまらない人もいるようです
また、卵子を摘出するのもけっこう痛いそうです
私はこれらの治療は行わなかったので実際にどれくらいつらいのか実体験としてはわかりませんが、体験記などを読むとほとんどの人が「赤ちゃんに会えるためなんだから…」とこれらの痛みに耐えて痛い治療を乗り越えていました
私は黄体ホルモンが不足していて、排卵後から1日おきに5回病院に通って黄体ホルモンを注射するという治療をしましたが、この注射もけっこう痛かったです
それでも我慢できないような痛みではありませんでした
この痛みに耐えることで2人目が授かるのなら…という希望を胸に通院を続けたようなものでした
それからお金の面も大きな問題となります
妊娠の確率が上がる治療ほどお金がかかります
人工授精は10万円ほど、体外受精は40-60万円ほど、顕微授精はもっとかかるようです
これらの治療も確実なものではなく、体外受精での妊娠の確率は30%だから、少なくとも3回は体外受精を試みることになります
いきなりこういう治療を受けるのではなく、その前にさまざまな検査を受け、それにもお金がかかります
保険も多少きくこともあるのだろうが、それでも一般的な医療費と比べると比ではないし、いつまで続くかわからない状態で毎回高いお金を払うのは経済的にも負担となります
最近は自治体から不妊治療費の補助が出るようにもなりましたが、それでも家計への負担はまだまだ大きいと思います
それに、不妊治療は毎周期を行えるわけではありません
排卵する時期に忙しくなってしまったり、夫婦喧嘩をしてしまったり、だんなさんが出張に当たってしまったり、そういうこともあります
これらは仕方のないことだけど、排卵を促す治療をしている人は、せっかく排卵させようと頑張っていたのに性行為ができず、治療が無駄になってしまうし、もしかしたら今回はうまく行くのかもしれないのに…と思うと気が気ではありません
夫婦生活も「妊娠のための」ものになってしまって、女性も男性もなんとなく気乗りがしなくなってしまうこともあるし、妊娠目的で夫婦生活を持つことにむなしさを感じたりもして、夫婦間がぎくしゃくすることだってあると思います
このような治療を年単位で続けている人は少なくないと思います
雅子さまは愛子さまを授かるまで8年かかっていますが、少なくとも5年は不妊に悩まされたのではないかと私は推測しています
不妊治療を5年続けるのはなかなか厳しいものだと思います
30日周期だとして1年に12周期、5年では60周期になります
このような期待と不安の日々を60サイクルも繰り返すのだとすると、私の想像を絶するほどのたいへんさだと思います
雅子さまは一度流産という悲しい経験もしているし、せっかく妊娠に至ったのに育たなかったいのちへの悲しさはたいへん深かったのではないでしょうか
不妊治療をしている人たちにとって、「妊娠」は大きな目標ですが、妊娠がわかった段階ではまだ「妊娠の始まり」にすぎず、ここからがスタートであるわけで、やっと妊娠に至ってもまだまだ先が長く感じます
また、不妊治療を受けているときにまわりの人たちの理解が得られないとよけいつらくなります
私の場合主人が「そんなに焦らなくてもそのうち自然に授かるのでは…」というかんじだったので、私の気持ちと少し隔たりがありました
それでもなかなか妊娠しないことがわかってくると、「なかなか子供が授からないんだな」ということは理解してくれましが、それまでには時間がかかり、自分ひとりで悩んでいるような気持ちでいました
雅子さまの場合、国民もまわりの人たちも「早くお世継ぎを…」という雰囲気をムンムンに醸し出していたわけだし、そういう中でなかなか子供に恵まれなかったことは相当につらかったのではないかと思います
そういうつらいことがたくさんあっても、公務などで人の前に出れば笑顔を振りまかなければならず、記者会見ではお子様について毎回聞かれるわけで、いやがおうにも追いつめられてしまうのではないでしょうか
皇太子さまが「静かな環境が必要だと思う」と言ってもまったく静かにしてもらえないし、皇族である以上あからさまに訴えるわけにも行かず、悩みながらも笑顔を絶やさずにいなければならないことは相当つらかったのではないかと私は思います
不妊症について。 | コメント(1) | トラックバック(0)
一般的に結婚してから特に避妊しているわけでもないのに2年間子供に恵まれない場合、不妊症の疑いが出てくるそうです
最近では1年できなかったら病院で調べてもらった方がいいと言われてもいます
雅子さまの場合、皇太子妃という立場上、早く子供を授かることが当たり前とまわりも本人も思っていたのではないかと思います
愛子さまが誕生するまで8年かかったことからして、私は雅子さまはやはり不妊症に悩まされていたのだろうと推察していますが、本人が何もコメントしていないのに、しかもそのことで悩んでいるときに、まわりが「あの人はきっと不妊症にちがいない」などといろいろ話すのは、不妊症で悩む人にとってとてもつらいことなのではないかと思うのです
私は2人目不妊で悩んでいたとき、そのことを誰にも話しませんでした
上の子が成長するにつれ、親戚から「そろそろ2人目は?」などと言われるととてもつらくて、いっそのこと不妊治療を受けていることを話してしまおうかと思ったこともあったけど、話したら話したで「不妊治療してるんだって」などと話題にされるのがいやだったし、変に気を遣われて子供のことを話題にされなくなるのも返って嫌なものだろうと思うと、不妊治療のことは話さないほうがいいかなと思っていました
でも、このままずっと2人目を授からなかったら、私が話さなくても「不妊症なんじゃないのかしら」などと噂されるかもしれないし、それは余計つらいことだろうと思いました
子供を授かる授からないということはとてもプライベートなことだし、とてもデリケートな問題だと思います
私の祖父母世代の人間は平気で「子供はまだか」とか「一人っ子じゃかわいそう」とか言ったりするし、私の親世代もそういうことをずけずけ訊いてくる人はまだまだ多いと思います
私は、子供のことについては極力聞かないことにしています
私自身は子供がほしいと思っているので、結婚して子供を…という思いはありましたが、他の人に対して結婚したら次は子供という考えは持っていません
だから、結婚した友達に子供のことは聞かないし、子供がいない人たちに「子供は作らないの?」などと聞いたりはしないでいます
自分が不妊を経験したからというのも大きいけれど、それよりも前に「そういうことは人それぞれだし、悩んでいる場合だってあるんだから、話題にするべきではない」という思いを持っているからです
雅子さまは皇太子妃という立場にあって、「お世継ぎ」を産むことが皇太子妃の大きな任務とされている以上、子供の問題が皇太子夫妻だけの問題ではなく、公の問題にもなっているわけですが、こういうとてもプライベートな要素を含んでいることも公にされてしまったり、週刊誌やらでいろいろ書かれてしまったりするので、それは雅子さまにとってとてもしんどいことだったのではないかなと思います
婚約会見でも誕生日の記者会見などでも、毎回のように「お子様について」質問されるわけだし、愛子さまを授かったら授かったで今度は「2人目のお子様」について訊かれるわけだし、不妊に悩んでいるかもしれない人に対する気遣いや配慮を記者団は持ち合わせていないのだなあと感じていました
もちろん皇太子妃という立場は一般人の私とは違って、皇太子妃は1日も早くお世継ぎを…というのが当たり前だって考える人も少なくないだろうし、そういうものでもあるのだろうなあという思いは私にもあるのだけれど、そうだとしてもあのように毎度毎度「お子様」について訊かれるのはたまったものじゃないし、ちょっと体調が悪くなったりしたらすぐに「ご懐妊か?」などと騒ぎ立てられるのはつらいことだと思います
私がこうして雅子さまの不妊について書き綴ることも雅子さまにとってはつらいことなのかもしれないと心配になりますが、昨今の雅子さまに対する批判には目に余るところがあると思うし、私の雅子さまに対する考えを書き綴るにあたって雅子さまとお世継ぎ問題は切り離せないもので、やはりあえて書き綴っていこうと思います
不妊症について。 | コメント(4) | トラックバック(0)
 | HOME | Next »

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。