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先日図書館で「浩宮の感情教育」小坂部元秀著・飛鳥新社を借りて読みました
筆者は今の皇太子さまの高等科のときの担任の先生で、担任をしていたときに感じたことなどが綴られた本です
はじめは、皇太子さまの高校生活を暴露して印税をもうけようとしているんじゃないかとあまりいい印象を持っていなかったのですが、読み進めていくと、筆者は特殊な環境で育てられている皇太子さまに対しての思いを感じました

まずはじめに学習院での生活についてです
皇族の学習院離れがどうのこうのと話題になってはいますが、これまでほとんどの皇族が学びの場としてきた学習院について、筆者が浩宮さま(今の皇太子さま)の担任だったときに感じたことを少しまとめてみたいと思います
わかりやすくするために、ここでは今の皇太子さまを「浩宮さま」とします
学習院は明治時代の初期1877年に皇族・華族のために作られた学校で、その名残があるとは言え、ふつうの学校とはずいぶん違うなあという印象を受けました
まず、学校内に皇族がいるというだけでぴりぴりとした雰囲気があるのだそうです
まあこれは当然と言えば当然でしょう…ふつうの学校だって名の知れた生徒がいたらぴりぴりするでしょうから…
ただ、それが将来皇位を継承するであろう生徒かどうかで違うらしく、浩宮さまが在学していたときは他の皇族がいたときよりもなおさらぴりぴりしていたのだそうです
一部の先生が浩宮さまのことを「宮様」「殿下」と呼び、教師自らが特別扱いしていたのだとか…ここからしてどうなの?っていう気がします
それから、学習院の父母会名簿というものがあり、在学者の保護者の住所・電話番号・職業が書かれているらしいのですが、皇族だけは1ページ目に大きな活字で名前と住所だけが印刷されているのだそうです
浩宮さまの場合は「浩宮徳仁親王殿下 高等科第3学年御在学」と書かれるのだとか…
この本は2001年に出版されたものなので、今の名簿がどうなっているのかはわかりませんが、皇族だけが別に記載されている(しかも1ページ目に大きな文字で)ことからも、学習院は今も皇族のための教育施設であるのだと言ってもいいのではないかと思ってしまいます
「在学」ではなく「御在学」となるところからも伺えますよね
他の学校へ行った場合、こういう名簿のようなものがあったとしたらどうなるのでしょうか
他の生徒と同じように記載されるのか、それとも1ページ目に大きな文字で記載されるのか…私は前者だと思いますが、ちょっと興味があります
学校内で使用される生徒名簿では浩宮さまは「徳仁親王」で名簿のナ行にランクされていたそうで、一部の教師が「宮様」などと呼んだけれど大方は「浩宮」と呼んでいたのだそうです
「浩宮」というのは幼少時の愛称みたいなものだと聞いたことがありますが、これが名字のような役割をしているのかなあとは思いますよね
宮家の場合だと、例えば「秋篠宮」が名字みたいな感じです

学校での警備ですが、当然と言えば当然なのかもしれないけど、ずいぶんと厳重に警備するんだなあという感想を持ちました
学校内での警衛の打合せは各学期に入る直前に、担任と東宮侍従と警視庁、目白署各関係者で行なわれ、予定されている学校行事や参加するクラブ活動の際の具体的な警備についてが決められるそうです
貸し切りバスなどを使って移動するような学校行事のときには、バスが通る沿道の警備には所轄署の警官が配備され、浩宮さまの乗ったバスは前後を覆面パトカーが先導追尾し、沿道の交通信号はノンストップで走行できるよう手動で操作されるのだそうです
結果浩宮さまのバスのあとに続く車両は例外なく赤信号でストップとなり、一般の関係のない車両も同様にストップされたのだとか…すごいですよね
天皇陛下の乗った車は信号で止まらないと聞いたことはありましたが、浩宮さまもそうだったとはオドロキです
この時代はまだ皇太子でもなかったのに、そこまでするのか…という思いがします
今もそういうことは行なわれているんでしょうかね…悠仁さまが学校に通うようになったら同じような感じになるのでしょうか
クラブ活動に関しても同様に警備がなされ、浩宮さまが所属しているということで、そのクラブそのものが特別なものとなり、自由性や任意性が制約を受け、保守性や穏健性が目立つようになったのだそうです
そして学級活動も、浩宮さまがいることでいろいろな制約を蒙ることとなり、それは浩宮さまにとっても他の生徒にとっても好ましいことではなかったと筆者は語っています

ふだんの学校生活をしているときにも当然警備は行なわれ、校内でも皇宮警察の側衛が2-3名から5-6名浩宮さまの登校に合わせて常駐し、舎玄関横の側衛控室に待機したり、校庭の樹木の陰に佇んでいたり、でも校舎内に立ち入ることはなかったのだそうです
浩宮さまが使用する教室の黒板の後ろには非常ベルが設置されたともありました…でもこれは使われることはなかったのだそうです

父母面談も、他の生徒の場合は学校に父母が出向いて行なわれますが、浩宮さまの場合、担任が浩宮さまの元へ出向いて行なわれたそうです
これについては高等科内でもさまざまな意見があり、筆者の同僚のひとりは、「父母面談の主旨から言って、他の父母と同じように、高等科に来てもらうのが筋だと思う」という意見でした
筆者もこのことを申し入れたことがありましたが、「警備上の問題」とのことで却下されたのだそうです
学習院という皇族を受け入れる準備ができている学校でも、「警備上の問題」で父母が学校に来られないのか…と思いますね
警備上の問題というのは口実で、学校側に来てもらうということが畏れ多いからだったんじゃないかと私は思います
このように浩宮さまの両親(当時の皇太子夫妻)への逆差別は、当然浩宮さまに対する逆差別にもつながるのではないかとのことでした

これを読んでいると、学習院において皇族の存在は当然のように特別視されているのだなあと感じます
たしかに将来天皇になる存在である浩宮さまを警備しなくてはならないのは当然のことだとは思いますが、バスをノンストップで走らせるとか、名簿の1ページ目に在籍する皇族を大きな文字で並べるとか、学習院は皇族ありきの学校だということを感じます
学習院幼稚園は浩宮さまが生まれた2年後に宮内庁から学習院に幼稚園の設置について非公式な問合せがあり、浩宮さまの入園に先立つ1年前に私立幼稚園として新たに発足したらしいし、皇族の入学に合わせて校舎の改修が行なわれたりもするし、皇族が特別な存在とされていることを強く感じます
初等科・中等科では、毎朝校舎の玄関で浩宮さまの登校を担任が出迎えていたらしく、これは高等科になって「そういう必要ないことはやめにしたい」と廃止されたらしいのですが、クラス内の生徒を平等に扱うのが担任の心得だと思っている私にとってはけっこうびっくりですね
保育園などで入口に先生が立って子どもたちを出迎えることはありますが、特定の子を出迎えるわけではないし、浩宮さまだけを出迎えているというのはかなり目立ったんじゃないでしょうか
少なからず同じクラスの生徒は「あれ」と思ったと思います
皇族である以上ある程度は仕方がないのだとは思いますが、「学校に入ってしまえば他の生徒と同じに扱われる」というわけには行かないのだなあと思いました
当の本人だって自分が特別扱いされていることを感じるだろうし、そういった中で普通の学校生活を送っていくのは難しかったんじゃないかと思います
警備上のことは仕方ないとしても、その他のこと…名簿のことやお出迎え、呼び方などはなくてもいいんじゃないかなと私は感じました
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