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宮中ではしてはいけないことがたくさんあるのだそうです
「宮中」ってどこのことなのか…ちょっとはっきりさせておきましょう
宮中とは宮中三殿のこと…つまり皇居にある三つの神殿、賢所・皇霊殿・神殿のことだと私は理解しています
他の辞書によると「天皇の居所」とあるものもあるのですが、ここでは神殿内であると思います
しては行けないことの徹底ぶりは、天皇や皇族の生活空間もさることながら、掌典職は究極的なのだとか…
掌典職とは…あまりなじみのない言葉がいっぱいです…宮中三殿に仕える人のことを指します
宮中三殿とは、三種の神器のひとつである八咫鏡(ヤタノカガミ)や歴代天皇の御霊を祀っている場所で賢所とも言うと竹田恒泰さんは述べていますが、宮中三殿イコール賢所ではないですよね…三殿ですからね
まあそれはさておき、その掌典職の中でも内掌典と呼ばれる女性の神職は生活がものすごく厳しいのだそうです
今日はそのお話です

内掌典は、皇居内では四足動物の肉を食べることは許されず、牛乳やバター類も禁止されているのだそうです
いわゆるベジタリアンなのでしょうか…でも魚や貝は食べられるんですかね
「穢れ」を避けるためのしきたりは、賢所での動作の基本として徹底されており、清らかな状態を「清」、また清らかでない穢れの状態を「次」として、両者は完全に区別されているそうです
また、「清」の中でもさらに清い状態の「大清」というのもあるそうです
八咫鏡(ヤタノカガミ)が奉安されている部屋に入るには大清の衣服をまとわなければいけませんが、その大清をまとったままトイレに入ってしまうと、それだけでその服は大清ではなくなってしまい、2度と大清としては使えなくなってしまうので、大清の衣服を脱いで「清」の状態になってトイレに行かなくてはならないとのことでした
もし壁などをさわった手で「清」の衣服をさわってしまったら、もう「清」としてその服は使えなくなってしまい、「次」の状態にレベルダウンしてしまうので、手などで一切さわらないように気をつけて清めてからでないとさわってはいけないのだそうです
さらに腰から上が「清」、下が「次」なので、着物の中でも腰紐は「次」にあたり、腰紐にさわった手で服をさわると、服も「次」になってしまいます
お金も「次」と考えられているので、財布をさわった手は「次」になる…というかんじです
これを聞いただけで「なんてたいへんなんだ!」って思いました
とてもじゃないけど大清の衣服はひとりでは着られませんね
着るときも着てからもものすごく神経を使いそうです
大清の衣服を着たら、とにかく何もさわらないでいるくらいの気持ちじゃないといけなそうですね
ふだんの衣服も大清の衣服もそれほど変わらないとは思うんですけど、こういうのは気持ちの問題ですよね…それを否定するつもりはありませんが、徹底されているのだとするとすごいなあと思います
「大清」の服は一度着たらどうなるんでしょうか…また「大清」の衣服として使用できるんでしょうか
「大清」や「清」の服はどうやって「大清」や「清」の服となるのか…きっとふつうのときにも着る服をお祓いかなんかをしたものなのでしょうね
私の素朴な疑問としては、「大清」の下に着ている下着なんかは「大清」用の下着なのか…ということでしょうか
体の腰から下が「次」で腰紐も「次」になってしまうのだとしたら、パンツは「大次」になってしまいますよね
それを着た状態でも上に「大清」の衣服を着れば「大清」の状態になるのでしょうか
それとも、もしかしたら下着はつけないのでしょうか…さらなる疑問が湧いてきます

内掌典は全員女性で、女性にはつきものの生理のときは「次」の状態となるそうです
日本では古くから出産、生理、人の死は穢れととらえてきていて、穢れは神事から遠ざけなければいけないと考えられています
ですから生理のときはその女性もその女性の持ち物もすべて穢れているという「次」の状態になるわけです
生理のときの状態を「まけ」を言うそうです
内掌典は生活用具を必ず2セット持っていて、「まけ」のときと通常の生活のときは違う生活用具を使うのだとか…
枕や布団、お化粧道具からすべて2セットあって、決定的に使い分けているのだそうです
「まけ」のあいだの一週間は神事に携わらず静かにしていて、「まけ」が明けたときは、段階を踏んでいってやっと奉職できるようになるとのことでした
なるほど…と思いつつも、女性としては生理を穢れとされるのにはなんだかなあと思ってしまいます
まあこのへんは神道の考え方ですから、そういう捉え方をしているのか…と思うことにします
竹田さんは、「まけ」のときに神事をさせずにいるのは「一月に一週間休ませて、生理の女性に対するいたわりの意味もあったのではないか」などと述べていたんですが、「なんて都合がいい解釈のだ!」と思ってしまいました
生理の女性に対するいたわりをしたいんだったら、もっと他のいたわりかたができると思います
生理の女性をまるで汚い生き物みたいに扱っているような気がしてしまうのを「いたわり」だと考えるその発想にびっくりでした
生理も軽い人や重い人がいますが、それによって穢れの具合が変わってくるのでしょうか
日数にもばらつきがありますが、生理が終わったというのは自己申告なんでしょうかね
更年期になって生理がなくなったら休むことができなくなりそうですけど、更年期の女性に対するいたわりはないのか…などなどと考えてしまいます

内掌典は住み込みで一度内掌典になったら世俗を避けてほとんど外出はしないと言われているそうです
内掌典のヘアスタイルは「大垂髪」…雅子さまや紀子さまも結婚の儀のときにはこのヘアスタイルでしたね
病院などに出向いた際にも、身を清めるための潔斎を行なわなければならず、外に出ること自体が「次」となるそうです
病院は私たちの感覚だと清潔をモットーとしている気がしますが、とにかく宮中以外は「次」なんでしょうね
内掌典は幕末までは処女と相場が決まっていたそうなのですが今はわからないと竹田さんは述べており、また結婚もしてもいいのかどうかはわからないとのことでした
皇居から一歩も出られなければ出会いがないから結婚も難しいのでは、と竹田さんは述べていますが、竹田さんは知っているようで結局肝心なところを知らないんじゃん!とつっこみたくなりました
まあそれだけ謎に包まれた世界だということでしょうか
なぜ処女でなければならないのか…それは男性と関係を持った女性は穢れているとされるからなのでしょうね
キリスト教でもシスターは処女じゃなければいけないとか、結婚はしないとか、そういうことを聞いたことがありますが、そういう点においては共通しているようです
幕末までは内掌典は公家の娘でなくてはならず、明治維新後は華族の娘が選ばれることが多かったのですが、現在は必ずしもそうであるとは限らないそうだと竹田さんは述べていました
また、内掌典は身内を伝って募集するということだと思うと竹田さんは述べ、内掌典は外部とまったく連絡が取れないようだとも述べていました
竹田さんも「…ようだ」「…と思う」が多くてどこまでその情報が正しいのか不安になってしまいますが、いろいろとたいへんそうなんだなあということは何となくわかりますね

人数は男性の掌典が7名、女性の内掌典は4名、掌典と内掌典に仕える仕女10名がいるそうで、宮内庁職員ですら彼らの姿を見るのは稀だといわれているそうです
さきほど内掌典は皇居から一歩も出られなければ出会いがないから結婚も難しいとのことでしたけど、男性の掌典と出会って恋に落ちて結婚して…なんてことはないんでしょうかね
きっと恋をすることも禁止されているのでしょうけど…きっと神に仕える女性は「神に恋をしている状態」に近いんじゃないかなあと思ったりします

宮中に祀られている三種の神器のひとつ八咫鏡(ヤタノカガミ)について少し述べたいと思います
三種の神器は過去何回か火災に遭っているのだそうです
特に八咫鏡(ヤタノカガミ)は2,000年のあいだに3回炎につつまれていて、その上海底へ沈んだこともあるのだとか…
火災は3回とも平安時代の中期に集中していて、1-2回目は神殿の焼け跡から鏡が発見されましたが、3回目のときは神器は粉々になってかけらがいくつか残っただけでしたそうです
そのときに鏡を作り直し、その新しい鏡と残ったかけらが現在宮中三殿の賢所に奉安されているのだそうです
昔は賢所に仕える未婚で処女の巫女さんのことを「刃自」と言い、この人が神器の八咫鏡(ヤタノカガミ)を守っていたそうなのですが、孝明天皇の時代に京都の御所で火事が起きたとき、三殿が炎に包まれ、このままでは三種の神器のうちのひとつが焼けてしまうほどの事態だったにも関わらず、家臣たちは火の前でおろおろしていたのだそうです
これは、神殿には刃自しか上がることができなかったからで、緊急事態とは言えども刃自以外のものが神殿に上がることは絶対に許されなかったために、三種の神器を火事から助け出すことができなかったのだそうです
ぎりぎりのところで神器は消失を逃れたそうですが、それほどまでに神殿は神聖な場所とされていたのだそうです

神器が燃えるということは、何か不吉なことが起こる前触れと考えられてきたらしく、神器に災難が降りかかったときや地震・火事・疫病などが起こったとき、自らの不徳を詫び、自らを責め立てて、ひたすら謹慎するというのが歴代の天皇の姿だったのだそうです
ましてや神器や御殿が燃えたとなるとたいへんなことだったのだとか…
ひたすら自分の非を詫びる天皇の直筆の文章などが残っていたりするから、そういう姿が天皇なのだと思うと竹田さんは述べていました
「どこかの国が、何か不吉なことが遭ったときに、大統領や総理が官邸にこもってひたすら自分の不徳を詫びるなどということはない」と竹田さんは言い、「むしろ逆ギレしてもっと攻撃的になりそうだ」となめ子さんは言っていましたけど、大統領や総理はそういう役割ではありませんからね…官邸に籠って不徳を詫びていたら批判を受けますよね
それよりも早く対策を打ち立ててどうにかするっていうのが大統領や総理の役割ですから…

次に言葉についてです
宮中には宮中言葉というものがあり、縁起の悪い言葉を縁起の良い言葉に置き換えて使うのだそうです
例えば…
「死ぬ」は「あがる」(例:あのネコはこの間あがりまして」)
「血液」は「汗」
「病気」は「不例」
天皇が「死ぬ」は「崩御」
「菊と葵のものがたり」という本にも、病気を「おさわり」、トイレを「おとうば」と表現しているのだそうです
「あがる」は「生理があがる」とか「バッテリーがあがる」とか、スゴロクでゴールしたときにも「あがり」と言いますがそれと同じ類いなのでしょうか…
「生理があがる」のは穢れとされる生理がなくなっておめでたそうですけど、バッテリーがあがるっていうのはどうなんでしょうか
あと、血液を「汗」と呼ぶなら、ほんとの汗はなんて呼ばれるのか…聞きたいことがいろいろ出てきてしまいそうです
それとも宮中では汗なんてかかないのでしょうか…いつも涼しげな顔をしていなくてはならない、とか…?
他にも私が知っているのは、「髪を切る」ではなく「そろえる」とか「整える」という表現を使うということでしょうか
たしかにそういう言い方のほうがやわらかで上品なかんじがしますよね
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