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先日の23日、天皇陛下が誕生日に伴い、記者会見がありました
情報源はこちらです
気になる部分だけを抜粋します
長いので少しずつ引用し、意見を述べたいと思います
まず健康についてです

一昨年(おととし)の秋から不整脈などによる体の変調があり,幾つかの日程を取り消したり,延期したりしました。これを機に公務などの負担軽減を図ることになりました。今のところこれ以上大きな負担軽減をするつもりはありません。今年に入ってからも,質問にもあったように,時に体調を崩し,日程の変更をすることがあり,心配を掛けました。自動車で道を通っているときに,よくお大事にと声を掛けられます。多くの人々が私の健康を気遣ってくれていることに深く感謝しています。
加齢のことですが,耳がやや遠くなり,周囲の人には私に話をするときには少し大きな声で話してくれるように頼んでいます。テレビのニュースなどで,アナウンサーの話していることは分かるのですが,他の人の会話はかなり字幕に頼ります。アナウンサーがこんなに分かりやすく話してくれているのかということを,以前は考えたこともありませんでした。
この夏軽井沢滞在中,秋篠宮一家と石尊山に登りました。登りはまあまあでしたが,下りは滑りやすく,時々後からついてきた秋篠宮や眞子に助けられました。以前登ったときには考えられなかったことです。私も高齢者の一人として,私の経験した加齢現象の一端に触れましたが,加齢による症状には,年齢の若い人にはなかなか想像のしにくいことがたくさんあるのではないかと思います。高齢化が進む今日の社会において,高齢者への理解がますます進み,高齢者へ十分配慮した建物や町が整備されていくことを切に願っています。


皇后さまの会見でもそうでしたが、天皇陛下をはじめ、皇室の人たちが自分の老いについてこのように率直に具体的に述べるのは昭和天皇の頃にはなかったことのように思います
天皇陛下というのはそういうこととは無縁かのようにふるまわねばならないというような雰囲気があったように感じていましたし、国民もそう願っているところがあったような気がします
実際には、天皇陛下も人間ですから、年も取るし、それによってさまざまな症状が出てくるものですから、耳が遠くなったり物忘れが激しくなったりするのは不思議なことではありません
私が注目したいのは、こうしたことを記者会見などの場で天皇陛下や皇后さまが述べるようになったという点で、時代が変わったのだなあと感じました
年をとるということは正直あまりうれしいことではありませんよね
足腰が弱ったり耳や目が衰えたり、記憶力が落ちたり…そういうことを素直に認めるというのはなかなかできることではないのではないでしょうか
その点、こうして天皇陛下や皇后陛下が自分たちの老いを率直に語るというところがとても新鮮でした
このような発言は、多くの高齢者に、年をとって体などに不都合が出てくるのは自然なことなのだなあ、誰もがそういうものなのだなあという思いを抱かせると思います

公務についてですが、「今のところこれ以上大きな負担軽減をするつもりはありません」と述べているところに、少し頑固さを感じてしまいました
私が生意気ながら意見を述べるなら、年をとっていろいろなところに諸症状が出てきているということを自覚しはじめているのなら、そろそろまわりの人のアドバイスなどを聞き入れて公務軽減をしてもよいのではないか…ということです
秋篠宮さまも天皇陛下の公務軽減については幾度となく述べていますし、側近や宮内庁もそれなりに公務軽減の提案をしていると思うのですが、このような会見で天皇陛下が「そのつもりはない」と述べてしまっては、まわりは何もできなくなってしまうように思います
天皇陛下くらいの世代の男性にはよくありがちだと思うのですが、「私はまだまだできる」「私がやらなければ」と頑なに意志を貫こうとするとまわりはけっこう心配です
まわりにいる人にとっては頑なに頑張られるよりは、少しゆとりを持ってものごとを行なってくれたほうが助かる部分もあります
でも、本人は自分が頑張ることがまわりを助けることになると思っていたりすることがありますよね
これくらいの世代の男性は「自分が頑張らなくては」という思いで長年生きて来たのでしょうから、そうやって頑張ろうと思うのは自然なことなのかもしれません
天皇陛下が公務にこの上ないやりがいを感じているのはわかるのですが、そろそろ軽減をするべきときに来ているように思います
これから先何か大きな健康問題が生じて公務がまったくできない状態になってから考えるのではなく、そうなる前に体調を考慮して軽減していきたいとまわりは考えているのではないでしょうか
そのへんのところを天皇陛下がどこまでわかっているのか…少し疑問に思いました
先日「皇居の落書き」「仕事観と夫婦観」という記事を読み、過去に皇后さまが天皇陛下の公務軽減について触れた発言をしていたことを知り、たいへん興味深く読ませていただきました
私も皇后さまがこうした発言をするのにはかなりの思いがあってのことだと思いますし、言葉が少ないからと言って決してついでに述べたことではないと思うのですが、天皇陛下は取るに足らないこととでも言うかのように重視していないように思えました
この記事からも天皇陛下が自身の公務を全うすることに強い信念を持っていることが感じられましたし、一方で頑なになってまわりの助言を聞き入れない部分も感じられました

次に家族についてです

今年は,学習院初等科3年になる愛子に,登校が難しくなるという思い掛けない問題が起こり,心配しています。皇太子,皇太子妃の心配も大きいことと案じています。そのようなことから愛子と会う機会も限られ,残念ですが,交流としてお話しできるようなことはまだありません。皇后は他の孫たち同様,愛子をとてもかわいがっており,愛子もこちらに来るときには必ず庭の花を摘んできて皇后に手渡しています。先日来たときには,飼っている猫の動画を熱心に皇后に見せていました。運動会の映像で見る愛子は,昨年と変わらず,元気に楽しんでいるようで,安堵(ど)しています。
眞子は,国際基督教大学に入学し,学生生活を楽しく過ごしているようでうれしく思っています。夏には海外英語研修プログラムに参加し,アイルランドで,ほぼ40日間,国の異なる人々と生活を共にしています。帰国後,写真を見せて丁寧に説明してくれました。将来,大学生活を振り返り,有意義なときだったと思えるような日々を送ってほしいと願っています。
佳子は,学習院女子高等科に進学しました。眞子が高等科在学中毎年出席していた全国高等学校総合文化祭に,今年から佳子が秋篠宮,同妃に付いて出席することになりました。このような高校生の行事で,他の高校の生徒と話し合う機会があることは,非常に良いことと思っています。御所で,皇太子一家,秋篠宮一家が集まり,大人同士が話し合っているようなとき,佳子は,よく愛子や悠仁の面倒を見,一緒に遊んでくれます。佳子のこのような気遣いをうれしく思っています。
悠仁は,お茶の水女子大学附属幼稚園に入園し,楽しく幼稚園生活を送っているようです。虫が好きで,秋には生物学研究所や御所の庭に来て,バッタやカマキリを捕まえたりしています。果実にも関心があり,生物学研究所のブドウの実が大きくなっていく様子を見たり,カキの実を採ったりしています。秋篠宮の誕生日に,皇后がその日庭で採ったよい香りのするカリンの実を持って行って悠仁に見せたところ,悠仁はその重い実を大事に抱えて,行く先々へ持って行く姿がとてもかわいらしく見えました。
皇太子一家の現状については,皇太子妃が病気ですので,お答えすることは差し控えたく思います。皇太子妃の公務のことがよく言われますが,何よりも健康の回復に心掛けるよう願っています。


愛子さまについて天皇陛下が「愛子と会う機会も限られ」ていることや「交流としてお話しできるようなことはまだありません」と述べているところが気になりました
天皇陛下がたびたび愛子さまと触れ合う機会が少ないという発言をするということは、やはりそのことに不満があるのではないかと思います
実際に愛子さまと会うことは少ないのかも知れませんが、そこまで強調して言わなくてもいいんじゃないかなあと思うんですよね
もし本当に愛子さまの不登校のことを心配しているのなら、それが原因で会う機会が少なくて残念などと言わずにいてもいいのでは…と思います
しかしながら、祖父という立場でありながら、私たちがニュースなどで見る運動会の動画で愛子さまの様子を見ているのだとしたら、少しお気の毒な気がします
祖父ならば、そういったメディアを通して孫の成長や様子を感じるのではなく、実際に会って話を聞いたり、自分の目で見て成長を感じたいと思うのは当然ですよね
愛子さまがひとりで会いにくるというのはまだ難しいでしょうし、天皇陛下の立場からしたら、もっと愛子さまとふれあえるような努力を皇太子夫妻にしてほしいのだと思います

愛子さまとの交流の話がない一方、秋篠宮家の子供たちとの交流は多くあるのだと感じさせる内容でした
実際に会う機会は多いのだろうと思いますし、会う機会が多い分、愛子さまに比べると天皇陛下にも屈託のない表情を見せてくれるのかも知れません
その分秋篠宮家の子供たちのほうに思いが強く出ているのだろうと感じました

また愛子さまの登校の問題を「思い掛けない問題」と述べているところに、不登校になることが「考えられないこと」で、誰もに起こりうる問題であると思っていないようにも感じました
不登校の原因はさまざまですが、ちょっとしたことが大きな傷となって不登校に繋がることもあります
不登校になる子にすべての原因があるわけではなく、そのときのまわりの状況やその子の心理状態などによってなんなく回避できることもあれば、そうではないこともあると思うのですが、天皇陛下はそんなふうには思っていないのでしょうか…
愛子さまの不登校問題が話題になったとき、天皇陛下が相手の児童のことを配慮するように…といった内容の発言をしましたが、そのときに私は天皇陛下が子供のいじめをはじめとするさまざまな問題が、言ってみれば必然的なものであり、どちらが悪いということではなく、ちょっとした勘違いや捉え方の違いから生ずる問題だという認識なのではないかと感じ、そのように捉えていることに「さすが…」と感じたのですが、今回の「思い掛けない問題」という発言を聞いて「あれれ?」と思ってしまいました
深い意味はないのかもしれませんが、天皇陛下は祖父として愛子さまのことがやはりいちばん心配なのかもしれません
そういうところは人間的だと思いました

雅子さまについての発言は、私はずいぶんと冷たい言い方だと感じました
「皇太子妃は病気」だから「お答えすることは控えたい」のはなぜなのでしょうか
雅子さまが病気なのなら、それなりの思いを語ることはできるのではないかと思うのですが…
「病気」だと言い切ってしまうところにちょっと…とも思いました
精神的な病いも「病気」ではあるものの、私たちが一般的に使う体の「病気」とは少し種類が異なる部分があるように私は思っているのですが、それを「病気」だと言い切ってしまうところに冷たさを感じてしまいました
深い意味はないのかもしれませんけどね…
しかし、このような発言から、これまでの発言も含めて、天皇陛下は雅子さまに対してもいい思いを抱いていないのではないかと感じました
皇后さまのような、「温かい目で見守って支えていく」という姿勢とは異なる気がします
天皇陛下は雅子さまの公務ができないことへの世論の批判も承知していながら、その批判を批難するわけではなく、「とにかく健康が回復するように努力してほしい」と言っているように感じます

この天皇陛下の誕生日会見について、一部の批判派の意見や擁護派の意見が書かれたブログなどを読んだのですが、どちらも「天皇陛下が皇太子夫妻によい思いを抱いていない」という点においては共通して感じているようでした
私も同じような印象を受けましたので、大方はそういった捉え方をしているのではないかと思います
違う点は、批判派は天皇陛下が皇太子夫妻によい思いを抱いていないのは当然だと思っており、擁護派は天皇陛下が皇太子夫妻に対し理解がないと思っている点でしょうか…
私はどちらに対しても「わからなくはないなあ」という思いです
天皇陛下の立場にしてみれば、愛子さまとなかなか交流できない原因のひとつに雅子さまの適応障がいを患っていることがあるのでしょうし、適応障がいと診断されてからずいぶん長いこと経っていて、だんだんと回復しているというよりも、慢性的になってしまっているように感じますし、それに対し天皇陛下が「一体いつになったらよくなるのだろう」と疑問に思うこともあるかもしれないと思います
実際にこのことが原因で皇太子夫妻の公務がうまく行っていないということもあるでしょうし、天皇一家の意思の疎通がうまく行っていないようなことまでささやかれてしまっていますからね
そういう思いを抱いている天皇陛下は、雅子さまの適応障がいという症状をどこまで理解しているのか…どこまで思いやれているのかはかなり疑問です
私も適応障がいというものが具体的にどのようなものか、実感としてはわからないでいます
ただ…わからないなりに、私にはわからないようなたいへんなことがあるのだろうな…という理解はあります
皇后さまの発言を聞いていると、原因や理由は何であれ、適応障がいになって苦しんでいる雅子さまを理解しよう・支えていこうという気持ちが伝わってくるのですが、天皇陛下の発言からはあまりそういうことが感じられず、むしろ原因や理由は何であれ、公務ができなかったり愛子さまとの交流を持たせてくれないことに不満を感じているように思えてしまうことがあります
私としてはそうでないことを願いたいのですけどね…
先ほど公務のところでも触れましたが、「皇居の落書き」「仕事観と夫婦観」という記事によると、天皇陛下は皇后さまが天皇陛下の公務軽減を提案するような発言をしても自分の考えややり方を変えない頑さがあると私は感じますが、同様に皇后さまが雅子さまを理解しようとする思いを聞いても天皇陛下はやはり耳を傾けていないのではないかと思えてしまいます
天皇陛下は自分の職務を全うすることに大きな責任を感じていて、それと同じ責任を皇太子夫妻にも当然のように求めているように思います
それは当然と言えば当然ですけど、その一方で皇太子夫妻がそうできない状態にあることやそうなった原因を考えてくれているのか…少し心配になります
皇太子さまはいずれ天皇になりますし、雅子さまは皇后になります
今の状態でそうなったとしたらなかなか難しいのではないか…という心配が私にもあります
少なくとも、雅子さまが皇后になるまでには適応障がいから回復し、公務や宮中祭祀が無理なく行なえる状態になっていてほしいと私は願っています
天皇陛下もその心配があるからこそ、1日も早く回復をと願っているのでしょう
ただ…そう願うことが却って雅子さまへの負担や焦りになっていないかと心配になります
精神的な病いは目に見えない分理解されにくいし回復具合がわかりにくいし、傷口に傷薬を塗って治すようには治っていかないものですよね
何よりも近くにいる人たちの理解が必要ではないかと思います
天皇陛下が耳が遠くなってはじめてテレビのニュースのアナウンサーがわかりやすく話してくれていることに気づいたと話し、「高齢化が進む今日の社会において,高齢者への理解がますます進み,高齢者へ十分配慮した建物や町が整備されていくことを切に願っています」と述べていますが、経験しなければわからないことというものがあるということをわかってもらいたいと思います
天皇陛下が経験していない適応障がいをはじめとする精神的な病いもまた今日の社会では増えています
そういう社会ですから、高齢者への理解が進むのと同様に、精神的な病いを患っている人たちへの理解が進み、それらの人々へ十分配慮された環境づくりができることも願っていてくれたら…と思うのですよね
これまでの天皇陛下の発言を見ていると、物事を多角的に捉えての発言が多く、広い視野を持っているのだなあと感じることがありますから、そういった視野で東宮を見守ってもらえていたらいいなと思いました
また、精神的な病いに対する理解を天皇陛下自らが示すことで、東宮だけではなく、精神的な病いに苦しんでいる一般市民にも大きな心の励みになると思います
今回の会見ではそのへんの思いが語られなかったので、実際天皇陛下がどう思っているのかはわかりませんが、高齢者社会の問題を自身の経験からその理解がなされるべきだと述べていますから、近親者に精神的な病いに苦しむ人がいる経験を元にこの問題をもっと多角的に捉えていてほしいと思いました
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