スポンサーサイト

--/--/-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告
1994年6月10日、アメリカ訪問に出発する両陛下の見送りのときの雅子さまと紀宮さまです
19940610.jpg
たしかに色はまったく一緒と言ってもいいくらいです
帽子や衣装のデザイン(ボタンや裾、襟)に違いはありますが、ぱっと見たときに目に入るのは色なので、同じだなあという印象です
ここまで同じだと逆にそろえたんじゃないかと思ったりもします
実際はどうなんでしょうか…皇族がなんとなく衣装をそろえることはよくあると思います
まったく同じでないにしても色目をそろえたり、することもありますよね
でも逆にそれぞれの衣装の色がまったく違う色のときもありますよね
皇族女性って、一般の人がなかなか着ないような原色などを上下で着たりします
そういう衣装を見るたびに、「the皇族の衣装だなあ~」と感じていました

この両陛下の見送りのときの衣装はどうだったんでしょうか…偶然一緒になったにしては同じすぎる気もしますね
思うんですが…こういう皇族たちが複数参加する場面において、どういう衣装を着ていくのかについては内々で確認しないんでしょうか
私が思うに、より位の高い人から順に衣装を決めていって、衣装の色やデザインがかぶり過ぎないようにするんじゃないかと思います
それがどういう順番なのかはわかりませんが、年功序列なのか、皇位継承権のある順なのか、「誰々は○○色の衣装をお召しになるようでございますです」などと側近の女官なんかが報告して、「それでは私は□□色にいたしましょう」と言ったかんじで決めていくんじゃないかと思います
批判派の方たちは、雅子さまが誰が何色の衣装を着るかわかった上でわざと衣装のバッティングを仕組んでいるのだと言いたいのでしょうか
この雅子さまと紀宮さまの衣装は色がまったく一緒なので、偶然とも思えないし、かといって衣装を合わせるのもおかしい気もするし、正直わからないのですが、もし衣装を決める順番があるとしたら、私は雅子さま→紀宮さまかなあと思いますね
批判派の方たちは、もしかしたら「雅子さまは紀宮さまが雅子さまとかぶらない衣装を選んだ後に自分の衣装の色を変えたにちがいない!」と言うのかも知れませんが、それは想像にすぎないと思いますし、実際のところどうなのかは私たちにはわからないのではないでしょうか
スポンサーサイト
皇室について。 | コメント(10) | トラックバック(0)
コメント
相も変わらず東宮批判派を貶め、雅子妃の非を打ち消すことに熱心なdaily_diary改めdiary_daily氏へ。
再度質問したい。

貴殿は雅子妃の批判される一つの理由である反日勢力との数々の接点についてどうお考えか?

実父が「A級戦犯」を断罪し、「日本ハンディキャップ論」を唱える売国外務官僚であること。
本人も外務省出身であること。
身元調査をしようとしたら部落開放同盟から講義を受けたこと。
反日活動の拠点である国連大学に足繁く通っていること。
創価学会
さらに、愛読書が大江健三郎との話もある。

これらの点についてどうお考えか。
無視せずに是非お答えいただきたい。

けちをつけやすいものばかり必死に足掻きをして、重大な問題を無視するのはいかがなものか。
雅子妃批判をすべて不当であるかのように印象操作することに熱心なのは、2年9ヶ月たっても相変わらずのようだな。
以前コメントしてからたびたびお邪魔していました。
本日二度目のコメントです。

この衣装かぶりについてイロイロと議論があるのですね〜。
私もあれこれ関連記事を見て,ほほ〜っとイロイロ思うことありました。


衣装ってのは、確かに上位→下位なんでしょうが、雅子さまで問題がある(と思われている)のは、多分、上位だろうが、下位だろうが、どこででもかぶってる(もしくはそう思われてる)のが問題じゃないんでしょうかね〜。それもとても非礼(と思われる)な感じで。

ダイアナ妃でかぶってるのは、多分、このときは雅子様の非にあたると思われるし、紀宮さまでかぶってるのは多分紀宮様がいけない、ってことになるんでしょう

多分、そういうことよりも、誰が見ても「いかにも不適切」(に見える)のが一番問題じゃないかと。

なんだか雅子様というのは、側近との関係がうまくいってないんじゃないかという印象を受けます。。
神経細い方のようだから、ちょっと注意されたりしただけで、かなり精神的に参るような気がするから、何も周囲も言えないというか。

だから紀宮さまの結婚式、披露宴のときの衣装でもあれこれ言われたんでしょう・・・

衣装っていうのは、その人が回りのことをいかに考えて空気を読んでどうするか?というのが一番如実にわかりやすく現れてることなので、やっぱり心遣いが足りないとか、回りとのコミュニケーションがうまくいってないとか一番皇室や王室にいるべき人間として仕方ないことかもしれないと思ったりしました。特に皇太子妃という重い立場だからですね。そういう場合は、上位だろうが、下位だろうが、一女性としても,心遣いすることが一番大事だと思うんですけど。それは社交という場では上流に位置する立場としても。



雅子様のことで言われてるのは、今回は衣装のことですが、全体的にどれも同じ印象を受けます。
多分、心遣いが足りない・・(もしくはそう思われている)のですよ。
極端に言えば、衣装さえきちんとしていれば、そういうことは言われないのだと思ったりしました。
衣装さえきちんと揃えられない(もしくは側近とそういうスムーズな意思疎通ができないと思われる)のでは一番問題があると思われても仕方ないかも・・・

何だか、不器用な感じがするし・・とても痛々しい感じですね。

あと、衣装とは関係ない話ですが、愛子様が多分とても育てにくいお子さんという印象があります。人前が苦手っぽい。
どちらにしても、そこそこ如才なくふるまえるようにしてほしいし、それが一番の悩みの種かもしれないって思ったり。
arisaさんへ
こんにちは、コメントありがとうございました
そうですね…同感するところもあります
衣装の件では側近とのコミュニケーションが大事なのではないかと私も思います
実はこれからアップする記事に少し書いたことなんですが、皇族同士の衣装の色が重ならないように女官同士が連絡を取り合って…ということがあるそうなんです
もしそれがあるのに衣装がかぶるのなら、雅子さまと雅子さまの側近はうまく行っていなかったのかもしれません
ただ、私がこの衣装かぶりのことを見ている限り、雅子さまだけでなく他の人たちもかぶっているので、雅子さまと雅子さまの側近に限ったことじゃないんじゃないかなあという気もします
適応障害を患う前後からのことを考えると、雅子さまはまわりに心を許せるような側近がいないのではないかなあと私も思うし、そういう意味ではまわりとうまく行っていないのかもしれません
私は雅子さまが神経が細い人かどうかはわかりませんが、いろいろあったんだと思うんですよね…側近しか知らないようなことが週刊誌に書かれていたりとか、特に子どもに関することなんかはまわりもまだかまだかとせかしたりもしたんでしょうし、そういう環境で参ってしまうのは仕方ないかなあと思います
心遣いについては、同感ですね…皇室だけでなく、一般市民の生活に置いても、人を思いやる心というのは大切だと思います
皇室ではたくさんの人が生活に関わっているし、外に出ればたくさんの人から注目されるし、人と関わることがたくさんありますから…
そういう意味では、心遣いが本当にできているのはもちろん、まわりから見て心遣いができているんだということがわかるようなアピールも必要なのかなと思います
そういうところは決して悪い意味ではなく紀子さまがうまいのかなあと感じますね
雅子さまについて言えば、雅子さまは自分のことだけで精一杯というかんじがします
はじめは皇太子妃として頑張っていかなければという気持ちでいっぱいだったろうし、しばらくしてからはとにかく子どもを…ということで焦っていただろうし、愛子さまが生まれてからは母親として自分が存在しているのだとほっとしたのも束の間「2人目を」「次は男の子を」と言われ、今は病気を治しながら、国民の前に出るときには元気な姿を見せなくては…という感じでしょうか
とても人への心配りどころではないんじゃないのかなあと私は思います
そういう自分がたいへんな状況でも心遣いができなくてはならないものだ、と言われてしまえばそれまでですけれどね

雅子さまの場合、いろんなところがちょっとずつうまく行かなくなってしまったような印象があります

愛子さまのことですが、人前が苦手っぽいのはたしかに私もそうだと思いますが、それを「育てにくい」とするのはどうかと思いますよ
たしかに人見知りもせず、誰にでも明るく接することができる子だと親も楽です
私事ですが、私の上の子は人見知りが激しくて外へ出かけるときなど本当にたいへんでした
下の子はあまり人見知りもせず他の人にもニコニコするので、そういう面で上の子よりも楽だなあとは感じます
でも、だからと言って上の子が育てにくかったとは思わないし、ひとつの個性だと思っています
昨日だったと思うんですが、愛子さまの運動会のようすをニュースで見ました
ふだん恥ずかしそうにしている愛子さまが、両手を上げて喜びの表情をしているのを見て、ふつうの子なんだなあと改めて思いました
恥ずかしがり屋なところはあると思うけど、まだ子どもだし、大人になるにつれ如才なくふるまえるようになるように思います

またご意見をお聞かせください
こちらからの質問は無視か?
重ねて回答を求めたい。
雅子妃の反日思想は、「ちょっとずつうまくいかなくなった」ことなのか?
こんにちは。
頻繁にコメントしてすみません。最近こちらのブログを知ったので、興味津々というところでしょうか。
私のHNが枠内に複数あるのは恥ずかしくもあります。

この写真を見た限りでは、雅子妃と紀宮様は仲の良い姉妹にみえますね。
おっしゃる通り揃えたのかと思うくらいです。

本日、コメントした理由なのですが、色々思うところがあったのでこれからアップされる記事のタイトルに合わせて、お伝えするつもりでした。
が、、、管理人様の他の方への返信に愛子様の運動会の話題がありましたので、ちょっと割り込ませていただきました。
以前の私のコメントの「批判派の方の多くが雅子妃の有り様次第では紀子妃同様に応援するに違いない」発言の責任もありますので。

私は、両陛下のお言葉や、長官の発言、大きな週刊誌記事が出た際に、まず自なりに理解してからネットではどのように解釈されているか覗きます。
自身の解釈とはかけ離れている場合が多いのですが、基本的に雅子妃を良く思わない人達の解釈の方が心地良いので、それに落ち着くわけです。
でも、疑問は付きまとっています。

そこで、昨日の愛子様の運動会です。
まず写真を見ての感想は「活発そう」「ちょっとお行儀が悪いけど、運動会だし、楽しそうで良いんじゃない」等、そう悪い印象はありませんでした。で、ネットでは、昨日の深夜までにはすっかりご病気のプリンセスに出来上がり、おちついたようです。(言葉の選び方が難しい)
愛子様のある噂は、雅子妃憎しで常軌を逸している面があると思いますが、東宮夫妻の否定の仕方や、あれも出来るこれも出来るといった我が子自慢にも多少原因があるのではないかと思います。
もし私が我が子を悪く言われたなら、悲しみ、悔しさで一杯になると思いますが、子供の先々の事を思えば、反論するにしても言葉は慎重に選びますし、悔しくても時を待つ事が必要な場合もあると思います。
確かに雅子妃は自分の事で精一杯なのでしょう、だからこそ信頼出来る他人(身内は冷静ではいられないかも知れないので)、側近、先輩に当たる人、日本人の心理を熟知している相談役が必要になると思うのですが、、、お助けしたいと駆けつけてくれる人がいないのでしょうね。

結論がない、、のですが
一部の雅子妃に批判的な人達は、”雅子妃の事は決して許さない”、”不幸をしかと見届けてやる”くらいの気持ちでいる、という事はよーく分かりました。

ブログでネットの話題を出す事がルール違反でしたら、申し訳ありません。

管理人様は、人見知りで、引っ込み事案な事を「その子の個性」と認めてあげられるお母さんなんですね。
お子さんは幸せですね。それに、よそのお母さんや子供さん達にも救いになると思います。

生まれてから40年以上、皇室を喜びを持って見てきた私と、皇室の事には詳しくは無いけれど、雅子妃の不妊の苦しみに共感した事から、批判する社会へ疑問を感じた管理人様とは、それぞれの皇室への思い入れや体験など(お陰様で子供がなかなか授からない苦しみは与えられなかったので)、感情面でも譲れない、平行線のままな部分があると思いますが、管理人様は無理やり誰かを説得しようとしている訳ではないようですので、冷静に拝読させていただきます。

長すぎて、嫌がらせメールのようで申し訳ありません。
又、以前の記事を、拝見してはいるのですが、何せ一夜漬けのような失礼な読み方しか出来ておりませんので、管理人様の意見とかぶっていたりするかも知れませんがお許しください。


雅子妃批判に異を唱える人たちは、「何故、雅子妃が批判されるのか」について考えようとしなかったり、いやそれどころか、故意に話をそらそうとします。

「何故、雅子妃が批判されるのか」についてあげましょう。

1.雅子妃と反日との数々の接点
 売国外務官僚の父・小和田恒「A級戦犯」を断罪、「日本ハンディキャップ論」
 本人も外務省出身
 身元調査をしようとしたとき部落開放同盟から抗議を受けた。
 反日思想の拠点・国連大学に足繁く通っている。
 創価学会(皇太子も関与)

 愛読書は大江健三郎との情報もあります。

2.女性として社会人として恥ずかしい言動の数々。
下記参照

皇室全般画像掲示板
http://www.yuko2ch.net/mako/makok/makok.htm

Youtubeにもあります。
宮内庁の公式ページにも載っています。

3.入内の不審な経緯
・初対面の場・エレナ王女歓迎の茶会の出席者名簿に手書きで「小和田雅子」…こんなことが許されるのか?
・昭和末期から行われていた,国民への売り込み.
・今上両陛下や護衛官の目を盗んでの“再会”.

4.愛子内親王殿下へのしつけがまったくなっておらず、国民への悪い手本になっている。

繰り返しますが、特に気にかかるのは、東宮批判に反発する人たちは、こういった部分、すなわち

「何故、雅子妃らが批判されるのか」

にまったく触れようとしないことです。
ここが問題の本質なのですから、ここを抜きにしては議論できません。

触れようとすると必死に逃げようとしたり、話をそらしにかかったりしてきます。

その中には「愛子天皇」「小和田王朝」実現のためには「雅子妃を悪者にされては困る」人たちも多く混じっています。
訂正してよろしいですか?

「雅子妃を良く思わない人達の解釈の方が心地良いので〜」
   ↓

「雅子妃を良く思わない人達の解釈のほうが、同様の感情を抱いている私には、説得力があり、納得し易いので」

あまり変わってないかも、と思いつつです。
  
みゅうさんへ
こんにちは、コメントありがとうございます

愛子さまのことについてもいろいろと言われていますが、先日の運動会のこともいろいろ言われているのですね…まだ見ていなかったので知りませんでした
私はこの運動会のようすを見て、以前「愛子さまは表情が乏しい」ということが言われていたので、うれしさを全面に表している運動会での愛子さまを見て、表情が乏しく見えるのは多くの人たちを前にしたときで、ふだんはふつうの子どものように笑ったり怒ったり泣いたりしているんだということがわかるのでは、と思いましたが、そういうとられ方はされていないのでしょうかね
以前愛子さまが自閉症だ自閉症だと言われたことがありましたよね
今の愛子さまを見ていて、私は愛子さまが自閉症だとは思えないし、愛子さまを自閉症だと騒ぐことが今はないように感じているのですが、きちんとした証拠もなく小さな子どもを自閉症だと決めつけ、騒ぎ立てるということが私には理解できませんでした
今は自閉症のことは落ち着いていると思うのですが、あのように騒いだことが実は違っていたということを、騒ぎ立てた人たちは今どう思っているのか、私はとても気になります

皇太子夫妻を見ていて、たしかに愛子さまに甘い部分も多くあるように思います
「一般の子と同じような経験をさせたい」と言いながら、一般の子がなかなか経験の出来ないようなVIP席での野球観戦なども、批判的な見方をする人から見れば怒りを買うことになるのではないかと思ったりもします
私はどちらかと言えば子どもには小さいうちから基本的なことは身につけさせたいという思いなので、そういう意味では紀子さまの子育てに近いのですが、紀子さまの場合子どもにやらせようやらせようと促すところがあるときがあって、それがちょっと…と思ったりもします
あいさつやおじぎなど、自分がその姿を見せて子どもが自然にするのを待つというのが私のスタイルなので、その点では紀子さまとは違うような気がします
もちろん一般の子どもと皇室の子どもとでは違いがあるのだとは思いますが、しつけにはいろいろな意見があるので、どれがいいとは言えないですよね
愛子さまを見ていると、大勢の人の前に立ったときなど、気後れして動きや表情が固まってしまうようなところがありますが、私はそれをなんだかんだと批判するのはあまりに心ないと思います
私事ではありますが、私の上の子も人見知りが激しく、人に注目されるとふだん出来ることができなくなってしまったり、すねたり恥ずかしくて逆に怒ったり…ということがあったので、大勢の前に姿をさらされた愛子さまがふだんの愛子さまだと決めつけるのはどうなのかなという思いがあります
あいさつなどはそろそろできてもいいのでは…という思いはありますが、ふだんはできていても人前だと緊張してできなくなってしまうのかもしれないし、愛子さまの性格を理解し、それをやさしく見守る姿勢も皇太子夫妻に見えるように思います

みゅうさんは今の皇室を冷静に見ていらっしゃるように思います
先入観を持たないように心がけているようですし、変に決めつけたりということもないですし、雅子さまに批判的な立場の人から冷静なご意見を聞かせていただけるのは本当にありがたく思います
いろんな人がいていろんな意見があるので、どうしてそう思うのかとか、どう感じるのかを意見交換できると理解が深まっていくと思うので、これからもご意見をお聞かせ願いたいと思っています
よろしくお願いします
このスレッドでも私の質問は無視か。
私が指摘した、雅子妃が批判されるべき4つのポイントについてどうお考えか応えていただきたい。
愛子内親王のしつけがなっていないことは一般人ならまだしも、生まれながらの公人であることからすれば、子供のしつけ、教育に対する妨害である。
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。