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情報源は週刊誌の記事ですが、予定を早く切り上げて帰国したことは事実のようです
皇太子さまと雅子さまが1995年に中東を訪問しましたが、予定よりも2日早く帰国しました
これには中東訪問の直前に神・淡路大震災があったことを受け、訪問先のヨルダンのフセイン国王の勧めもあって、予定よりも早い帰国となったのだそうです
このことについて、ヨルダンのフセイン国王に勧められて「やっと」予定を早めて帰国した、と言った解釈がなされているようです
思うんですけど…こういう公式訪問のときというのは、日本側ももちろん訪問する相手側の国も相当に準備をするだろうし、訪問中の日程なども組まれていると思います
たくさんの人たちがこの訪問に際し計画をし、準備をしているのだと思います
そういう状況の中で、日本側の都合だけで予定を急遽変更をするというのはなかなか難しいのだと思うし、相手の国に失礼に当たるのではないか、と日本側としては考えるのではないでしょうか
日本国内でも皇族の公務に急な変更が生じた場合、バタバタしますよね
雅子さまが急に出席しなくなったとか、出席することになったとか、それによって準備が増えたり減ったり、そういうことがあると思います
国内だから急な変更があってもいいとは言いませんが、国外であればなおさら変更の影響は大きいのだと思います
皇太子さまや雅子さまは、震災については心配であったということ、国内でそのような災害が起こっているときに日本を離れなければならなかったことに申し訳ない気持ちだったことを後の会見で述べていますし、中東訪問中も国内のことが気になっていたのだと思います
記事の内容からすると、ヨルダンのフセイン国王の勧めで2日早めての帰国になったとありますが、私はこの裏には日本側からの交渉もあってのことではないかと思います
皇太子さまがフセイン国王に面と向かって「国内で災害があったので早めに帰りたいのですが…」というわけにはさすがに行かないでしょう
水面下で日程を早められないかという交渉をヨルダン側と日本側で行い、最終的にはフセイン国王が予定を早めて帰国することを勧めるという形になったのだと私は思います
このへんのところは私の想像に過ぎないので、実際にはどうだったのかはわかりませんが、こういう交渉がなされるのがふつうだと思います
そう考えれば、皇太子さまと雅子さまがフセイン国王に勧められて「やっと」予定を早めての帰国となった…とは言えないのではないでしょうか
中東訪問をしたことについても、国内で大震災が起こったのに訪問を強行したなどと言う人がいますが、訪問の3日前になって訪問をキャンセルするということは、相手国にも迷惑をかけることになるし、難しいことだったのだと私は思います
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