スポンサーサイト

--/--/-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告
kanjokyoiku.jpg
テレビや雑誌などで、皇族をよく知る人物として「ご学友」が登場したりしますが、この「ご学友」って定義のようなものがあるのでしょうか
私は単に「学友」に「ご」がついたもので、学校生活を共にした級友・クラスメイト・同級生のことだと思っていましたが、この本によるとご学友というのはクラスが一緒になっただけではないのかなあ…と思いました
少なくとも、同学年なだけでは「ご学友」ではないようです
同じクラスになれば「ご学友」なのか、いつもつるむような存在だけを「ご学友」と呼ぶのか、そこがちょっとわかりませんでした

学校でのクラス編成には、普通の学校でもいろいろな留意点がありますよね
成績が平均になるようにとか、男女の比とか、そういう基本的なこと以外に、あまりにも仲がよすぎる子たちは離されたり、私が中学のときにはクラス対抗の合唱コンクールがあったので、クラスにひとりピアノ伴奏ができる子がいるようにということが盛り込まれたと聞きました
浩宮さまが在学していたときのクラス編成は、一般的な感覚とはちょっと違う留意点があったみたいです
中等科でのご学友的存在として示されたのは、
1:本宮家の子弟
2:初等科時代のなかよし
3:中等科段階での成績上位者
4:当人の個性、人間的な幅(クラスのリーダーシップをとれるような生徒)
だったのだそうです
こういう生徒が優先的に浩宮さまのクラスに編成されたらしく、他のクラスとのバランスがちょっと気になりました
きっと浩宮さまがいるだけで、そのクラスはすでに特別なクラスだったんでしょうけどね…
それに、クラス編成に関して、父母面談のとき、美智子妃からは「(本宮家の子弟の)賀屋さんとは、一生おつきあい願いたいと考えております」という言葉があったらしく、結果賀屋さんは同じクラスになったそうで、親の意向や宮内庁の意向も汲まれるようでした
親が子どもの友人選びに口を出すのは私としては「どうよ?」と思いますが、将来天皇になる立場にある浩宮さまに少しでもいい友人をという思いがあったのだと思います
逆に、浩宮さまのクラスから遠ざけられた生徒もいたようです
生徒の中に、いわゆる皇室賛美者がいて、浩宮さまと同じクラスに入りたがっていたそうです
この生徒はまわりの生徒からも理解されがたい生徒で、彼は意図的に浩宮のクラスから排除され、3年間同じクラスになることはなかったとか…
当然と言えば当然かなと思います
世の中にも皇室賛美者(今は東宮だけ批判をする人は多いですけど)がたくさんいますが、そういう人たちは結局のところ遠ざけられる存在になってしまうわけで、それが何とも皮肉な気がします
学習院にはいなかったのかもしれませんが、いわゆる左寄りの考え方の生徒も当然遠ざけられる存在になったのだと思います
学習院という場所にいながらも、極端な思考を持つ生徒が遠ざけられる存在となるのは、意外な気もするような、当然のようなかんじがしました

ご学友は、おそらくヨーロッパの王室では見られない、日本の皇室に特有のものだと筆者は語っています
多少の例外はあるにしても、東宮御所と学習院の意向によって浩宮さまのご学友は決定されます
浩宮さまの意向は反映されないのは当然と言えば当然なのですが(ふつうの学校でもあの子と一緒のクラスになりたいという希望は聞き入れられないですから)、大人がご学友を選ぶということが果たして浩宮さまのためになったのかと疑問に思いました
ご学友の選択は大人の目から見て浩宮さまにとって有効であることが基準で、個々のご学友にとって浩宮さまが有効かどうかは問題にならないのだそうです
つまり、ご学友というのは浩宮さまのほうから見ての存在であり、ご学友にとって浩宮さまはご学友とはならず、一方的な関係だということなのだとか…
このご学友というのは普通の意味での友人関係を前提としていないとのことで、大人の選んだ偽装友人のような気がして、一体どういう存在だったんだろうかと心配になってしまいました
美智子妃が「一生おつきあいさせたい」と言っていた賀屋さんは、実際には浩宮さまとさほど親密そうではなかったようだし、大人がよかれと思って選んだご学友が必ず浩宮さまにとっていいかどうかは別のようです

こんなふうに見ていくと、ご学友という存在は、私たちが考える友だちとはずいぶん違うことがわかります
友だちというのは、自然にひかれ合って仲よくなっていくものですが、浩宮さまの場合、自然に発生した友情というものが欠如しているのではないかなと感じました
東宮御所や学習院としては、「この人とおつきあいしなさい」とただひとりを突き出したのではなく、浩宮さまの友人としてふさわしいご学友を選び、その中から「自然に」「浩宮さまの意思で」友人を選び、友情を育んでほしいと思っていたのだとは思います
親の立場から見れば、悪い影響を与えそうな子とはつきあってほしくないと思うのは自然なことだし、そういう思いで浩宮さまのまわりにはそれなりの資質を備えたご学友をはべらせたのだろうし、将来天皇になる立場であることも考えれば、そうすることはごく自然なことなのだとは思います
しかし、筆者が指摘しているのは、ご学友も含めた上での対人関係において、誰かと対等にぶつかりあうという経験が浩宮さまにはおそらくなかったこと、そこに人間浩宮徳仁の最大の不幸があるのでは、という点です
本来なら人と人がぶつかりあって、ケンカをしたり、意地悪をしたり、仲直りしたり、励ましあったり、そうやって人間関係って育まれていくものですよね
でも、このご学友だと、そういうことがあんまりなさそうです
筆者が担任だったときにクラスのようすを見ていて、そんなふうに感じたんだと思います
ご学友は友人とはほど遠い存在で、古い言い方を敢えてすれば「臣下」のような存在で浩宮さまと接していたのではないかと、筆者は語っています
でも、難しい問題だなあと思います
やっぱり将来天皇になる立場ともなると、違ってきて当然と言えば当然だし、でもひとりの人間として普通の人間関係や友人関係が築けないのはマイナスだと思うし…
それに、前になんかの本で読んだ気がしたんですが、今の天皇陛下も、友人に本当のことを漏らしたらそれを暴露されちゃって、天皇陛下が怒ったとかなんとか…
たしか美智子さまとの結婚が恋愛結婚だったということだった気がしたのですが、その暴露した人がご学友だったかどうかは覚えていませんが、普通なら友人同士だから話したであろうことを、他の人(マスコミとか)にしゃべっちゃうのって、相当な裏切りだと思います
天皇陛下にしてみれば、ご学友という「友人」にだっておちおち本音を語ることもできないんじゃないかと思ってしまいました
浩宮さまも「ご学友」の中から真の「友情」を育むことができたのかどうか…それがあるのとないのとではその後の人間関係もずいぶん違ってくる気がします
スポンサーサイト
皇室について。 | コメント(0) | トラックバック(0)
コメント

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。