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浩宮さまの学習院高等科でのようすを読んでいると、自分のおかれている立場や運命を重く感じていたのだなあと感じます
宮内庁や東宮御所、学習院に所属する大人たちから常に気にかけられ、あらゆる決めごとも問題とされ、正直に言うと、こんな高校生活を送らなければならないなんてずいぶん窮屈だったろうなあと思いました
もちろん「将来天皇になる立場」であるわけだから、仕方がないのだろうし、それを「当然だ」「当たり前だ」の一言で片付けてしまう人も多いのだとは思いますが、私には普通の高校生らしい生活が送れなかった浩宮さまが少しかわいそうだなあと思いました

高校での浩宮さまは、警衛面のことを考えてのことなのか、休み時間もほとんどホームルーム教室で過ごしていたのだそうです
それが自制していたのか性格から来るものなのか、そのことに不自由な感じは見受けられなかったと筆者は語っています
浩宮さまも日直の当番になることがあり、ときどきさぼる生徒がいる一方、浩宮さまがさぼったことはなく、日直の日誌は急いで書いて早く帰ろうとするために乱雑になりがちだったけれど、浩宮は作文のときと変わらない几帳面で丁寧な字で、とにかく「いつもと同じで目立たない」というのが、浩宮さまの特徴だったとか…
浩宮さまの場合、何もしないでいても「目立つ存在」であったのだでしょう
おそらくまわりの生徒も教師も「浩宮さま」のことは知っていただろうし、まわりの教師の対応や警衛の存在からも、特別な存在となっていましたのだと思います
だからこそ、浩宮さまは「目立たない」ようにしていたのかもしれません
それが意図的だったのか、無意識的だったのかはわかりませんが、意図的だったのなら自分が特別な存在であるからこそあえて目立たないようにしていたのだろうし、無意識的だったのなら、小さい頃から自分が特別な存在であることを無意識のうちに感じ、それに対する対処法を無意識のうちに身につけていったのではないかなと思います

浩宮さまのクラブ活動や大学の進学先についても、あれこれと問題とされたようでした
浩宮さまは高等科で社会問題研究会というクラブに所属していました
顧問の先生は「社問研の活動に関しては、特別扱いはしない」というのが浩宮さまに対する言葉であり、大前提だったのですが、例えばボランティアにはどんなものがあるかを学ぶためにあるボランティアセンターをときどき訪れるときなどには侍従が付き添ったり、警備は当然のように行なわれていました
それに、浩宮さまがボランティア活動に参加していることについて侍従から「外部には内緒にしておいてください。変に大袈裟になってもいけませんから…」と釘を刺されていたのだとか…
ボランティア活動をするのにそこまで…という思いが私はしますが、高等科時代の浩宮さまの教育係に近い存在だった田中二郎元最高裁長官と筆者とクラブ顧問の先生が話をしたときに、田中氏が「高等科の社会亜問題研究会は、政治問題と関わるのですか」と質問し、それに対し越田さんは「ボランティア活動が中心ですが、社会問題についての研究会ですから、問題によっては政治と関わることも当然あるでしょうね」と答えたというやり取りがあって、宮内庁にしてみれば、浩宮さまが高校でのクラブ活動において政治的な問題と関わることを心配していたのかなと思わせる場面があったようでした

大学進学についても、宮内庁は法学部を浩宮の第一志望学部として想定していたそうなのですが、浩宮さまは文学部史学科を希望していました
浩宮さまの父(今の天皇陛下)も当時の学習院大学政経学部(のちに法学部と経済学部に別れる)政治学科に学んだことからも、第二志望は経済学部で、文学部は念頭になかったのだそうです
それも史学科となると、宮内庁としては心配だったのだそうで、それは、日本史のうち政治史を研究する過程で、たとえば南北朝問題など現天皇家の正当性に疑問を抱くような状況も出てくるのではないかといった懸念があったのだそうです
敗戦後、オリエント学者の道を歩んだ三笠宮崇仁親王が、建国記念の日の是非について積極的な反対論を唱えて、当時の逆コースの動きを批判したことなども思い起こしていたのかもしれないと筆者は推測しています
もしそうなのだとしたら、浩宮さまが歴史上の事実をきちんと知ったり、疑問を疑問として考える姿勢を否定することになり、歴史的思想そのものを否定することになるのではないかと筆者は述べています
それには私も同感で、天皇制の歴史に重きを置きながら、その他のさまざまな歴史的事実から浩宮さまの目を背けたいという宮内庁の思惑はずいぶんと矛盾するように思いました
私は、過去にはいろんなことがあって、一般市民にも知らされていないようなこともたくさんあると思うんですが、そういう一般市民には明かせられないようなことも、天皇陛下になるような立場の人たちは知らされるものなのではないかと思っていました
でも、浩宮さまの志望学科をめぐっての宮内庁の心配を見ていると、そういうわけでもないのかなあという思いがします
筆者は「過去の事実を元に考えるという方法を否定する態度が、天皇家を取り巻く環境の大きな特徴ともいえるし、そのひとつの表れが、浩宮の大学史学科志望に対する懸念となって吹き出してきた」と述べています
私には「天皇家を取り巻く環境」がどういうものか詳しく分からないので、そう言い切ることはできませんが、将来天皇になる浩宮さまの教育というよりも、天皇になるが上で余計な思想や疑問を持たないように…と教育することや与える情報などを操作しているようなそんな印象を持ってしまいそうです
たしかに、天皇制を継承していく当の本人が天皇制に疑問を持ってしまうことは困ることなんでしょうけど、返してみれば、日本の過去の歴史には突き詰めると現天皇家の正当性に疑問を抱くような事実があるのだということのようにも思えてきます
日本の天皇は何代にもわたって男系男子を継承してきたとは言いますが、はじめのはじめのあたりでは、年齢的にちょっと無理があるんじゃないの?と思うし、実際のところはどうなのだろうという疑問はあるんですが、男系男子を継承することが素晴らしいと私はあまり思えていないので、そのへんは正直どうでもよかったりします
でも、そこに天皇制の素晴らしさを見出している人たちにとってはとっても大きな問題なんだと思います

浩宮さまは自身の希望どおり文学部史学科に進みました
浩宮さまの大学進学について浩宮さまの父(今の天皇陛下)は「私としては、浩宮の希望を尊重したいと思っています。いろいろな意見もあるようですが、私の経験からしても、大学時代を、自分のやりたい学問はもちろん、クラブ活動でも充実した生活を送ってほしいと考えます。中等科の頃から、大人になっても学問研究をやりたいという希望を持っていたわけで、希望する史学科で専門分野を深めてほしいのです」と述べ、母(今の皇后陛下)はそれに頷いて「やはり本人が望んでいる史学科で実りある大学生活を送ってほしいと思っております。現代の日本を知るという意味からも、歴史的な流れを理解することが必要だと考えております」と述べたそうで、ちょっとほっとしますよね…
でも、当時の宮内庁は浩宮さまの両親がこういう考え方であることに懸念するところがあったみたいで、あるときに筆者が東宮侍従と2人で話したときに、「宮内庁では、皇太子殿下は天皇さま(昭和天皇)と比べてどうも進歩的すぎるという見方があるんです。もちろん左がかっているとか、ちょっと赤いとかそういうわけではありませんが…」と述べたのだそうです
今の皇太子さまに対してもさまざまな批判などがありますが、私たち一般市民の生活においても世代での考えの違いやものごとの捉え方の違いでわかりあえないことがあるように、皇室においても宮内庁においてもそういうことはあるのかなあと思いました

浩宮さまの学習院での生活ぶりを知り、学習院で学ぶことが「他の生徒と同じように学ぶ」ことであるというよりも、「他の生徒と同じ場所で学ぶことで、自分が他の生徒とは決定的に違う立場におかれていることを思い知らされる」ことであったように思えてきます
浩宮さまの父(現在の天皇陛下)は御所内で教育を受け、大学までは外部の学校には通っていません
浩宮さまが外部の学校で教育を受けることも、もしかしたら宮内庁ははじめは懸念していたのかも知れません
私は学習院に通うことは御所内で教育を受けるよりもいいとは思っていましたが、学校でも特別扱いを受け、まわりには警備がうろうろし、自分が存在することでクラス全体や所属するクラブ全体に影響を及ぼしていることを常に感じることは一体どんな気持ちだったんでしょう
「ふつうの子たちと同じように…」とよく皇室の人たちは言いますが、皇族でいる以上、それは本当に難しいのだと思います
でも、それがわかった上でも「せめて同じような体験をさせたい」と思うのでしょう
筆者は、浩宮さまは学習院幼稚園に入って以来、ふつうの幼稚園児、ふつうの小学生、ふつうの中学生、そしてふつうの高校生の生活はほとんど不可能だったと言います
高等科でのクラブ活動での経験にしても、結局それは一般の高校生とはどういうものかという疑似体験の域を出ず、たとえそこに憩いを感じていたとしても、本当の意味での生活がそこにあったとは思えないのだと…
そういう環境の中で、常に多くの大人たちの目にとりまかれている自分を、他の子どもとは違うものとわからなければならなかったとき、浩宮さまは何を思ったのか、幼いなりの疑問はなかったのか、訳もわからないながらなんとなくそれを受け入れたのか、あきらめて受容したのか…同学年同クラスの友人の誰とも決定的に違う自分に目が向き、自分の境遇の特殊性をはっきり意識するようになったのは、いつだったのか…筆者の心配は尽きません
「学習院中等科卒業記念文集」の巻頭の「私x1/5世紀ー二十年後の私」という欄に、浩宮さまは「国家行事以外に、学者としても広く活躍したい」と寄せているそうです
浩宮さまが「国家行事」を所与の大前提として受け入れているというゆるがない姿勢が一際目立つと筆者は指摘し、それは見方によっては不自然な姿勢ともとれるし、少年ながら決意をこめた受容の姿勢ともとれるとも述べています
この時点で…中学卒業の時点で浩宮さまは自分が将来天皇になる立場にいるのだということを自覚していたのでしょうか
そうでなければ「国家行事」という言葉が「20年後の私」に対しては出てこないように思います
それとも宮内庁がこのように記載するように指導したのでしょうか…そのへんはわかりませんが、多感な青春期において、浩宮さまが自分の置かれている立場をどう感じ、どう受け入れていったのか…気になってしまいました
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皇室について。 | コメント(8) | トラックバック(0)
コメント
No title
ああ、「目立たない生徒」ということを正しくとらえていらっしゃるブログ主さまに安心しました。

あるサイトは嘲笑してコテンパンでしたから。




ココさんへ
コメントありがとうございます
あるサイトというのはどこのことでしょうか…大体想像はつきますけどね
浩宮さまの場合は小さい頃からずっと注目の的で、たいへんだったと思います
目立たない生徒になったのは、そういう環境で育ったが故の自己防衛にようなものだったのかもしれませんね
No title
悠仁親王殿下のお茶の水附属幼稚園入園と学習院の堕落
(日本が好きなだけなんだよ様)

http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-567.html


現在の学習院の院長が外務省出身者で、日本の外務省にチャイナスクールと
呼ばれるような派閥があることを考えれば、人民解放軍のオペラが学習院で
演奏されたのも不思議ではないのかもしれない。元外務次官で、現在も外務
省内に隠然たる影響力を持つ雅子妃の父親、小和田恒氏とのつながりも危惧
される。これまでの行動から、小和田一族と皇太子夫妻は、愛子天皇実現に
よる皇統断絶の野望を持っている可能性が高いが、そんな勢力が猛威を奮う
現在の学習院では、幼い悠仁殿下の御身が非常に心配だった。しかし、今回、
悠仁殿下がお茶の水幼稚園に入園されると聞いて、ほっと胸を撫で下ろすこ
とができた。
No title
特定はさけますが、某巨大サイトとその周辺ですね
皇太子さまが目立たないというのはご本人の性格によるところもあるように思いますね
リーダーシップを積極的にとるというよりは、穏やかに、課題をまじめにこなすようなタイプにお見受けします。

それから学習院の生徒の皇族の方の接し方は、特別騒ぎたてることもせずしかし非礼も働かず、「今日もお元気そう」と見守る?姿勢をとるように躾けられるそうです。
過剰な特別扱いや逆に黄色い声援?を送って騒ぎ立てることは、はしたないとされているようなので、お立場は特別ですが意外と穏やかに毎日の学校生活を送られるのかな、とも思いましたよ。





日本が好きなだけなんだよ様 秋篠宮妃 紀子様の華麗な家系図と雅子妃の疑惑の家系図
日本が好きなだけなんだよ様 秋篠宮妃 紀子様の華麗な家系図と雅子妃の疑惑の家系図

http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-112.html

>現在、インターネット掲示板等で、秋篠宮妃紀子様や秋篠宮ご一家を中傷するスレや書込みが見受けられるが、
こと家系に関して紀子様を中傷するのは、間違いなく創価や朝鮮関連の組織的な工作員であることは明白である。
雅子妃と違い、紀子妃の家系で中傷されるべきものは何も存在していない。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
ココさんへ
コメントありがとうございます
私もこの本を読んでいて見えてくる皇太子さまの性格を感じました
学習院は皇族が学ぶ学校ということが定着しているので、他の学校に比べれば皇族だということでやんややんやと騒ぎ立てられることは少ないのかも知れません
ただ、浩宮さまは将来皇太子・天皇になるであろう可能性がとても高い立場としてははじめて外部の学校で学んだ人だったので、学習院側もはじめてのことで少し過剰反応したのかなあとも思います
学習院も経験を重ねて今はココさんの言うような接し方をしているのかもしれませんね
そうだとしたら、愛子さまや悠仁さま(まだどの学校に入るかはわかりませんが…)はよりよい環境で友だち作りなどもできるのかもしれませんね
日本が好きなだけなんだよ様 皇太子殿下の男の居場所 http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-423.html
日本が好きなだけなんだよ様 皇太子殿下の男の居場所

http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-423.html

>皇太子一家は、最近、やたらと仔犬を一緒に連れまわすようになったが、次期天皇の
徳仁皇太子を差し置いて、妻子とワンコロが上座でふんぞり返って車に乗る姿は、見て
いて見苦しいの一語に尽きる。雅子妃の病気は正式な病名がなく、症状が適応障害とい
うことだが、その症状名も、雅子妃と東宮お抱えのあやしい侍医が相談して付けたもの
であり、本当に病気かどうかも疑わしい。適応障害にこだわるわりには報道陣のカメラ
と車の座席には、率先して適応しているように見える。

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