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本書では、誕生日会見などで浩宮さまに向けられた結婚・女性に対する質問への浩宮さまのことばがいくつか紹介されていました

1980年2月、成年式を前にしての記者会見:
女性に対しての具体的な理想像は「徐々にできてくるのではないかと思います」

1982年学習院大学卒業を前にしての記者会見:
結婚を考える対象について「この人という人はまだおりません。理想像として、明るくて、健康的で、それでスポーツが好きな人がいいです。付け加えれば料理の上手な人がいいです。料理が上手な人というのは、将来弁当を持って出かけるとき、作ってくれる人がいいと考えますから」

1985年2月英国留学中の25才の誕生日のロンドンでの記者会見:
「学習院の同級生から結婚通知が送られてくるので、そろそろ考えなければと思っています。30才前のほうがいいですね」

1983年10月、英国留学を終えてのロンドンでの記者会見:
「好みの女性としては、何かのスポーツをすること、自分の意見をしっかり言えること、語学ができること」
「国際結婚は考えたことはありません」
「結婚については、まだ写真など一枚も送られてきていませんよ。一方的に決められるのも困るし、微妙な問題なので周囲の意見も尊重しなければと思っています」

1983年11月帰国後の記者会見:
「身長、学歴、家柄とか、ぼくはそれほどこだわらないです。相手として自分と価値観が同じである人が望ましい。具体的に言えば、美しいものを見たとき、それを美しいと評価できる人、大切なものを大切と認識して大切に扱う人。ぜいたくを避けるという意味で、金銭感覚が自分と同じ人。ニューヨークのティファニーであれやこれや買う人は困る。2番目に、誰とでも気軽に話ができ、人と会う場合でも、その人と話そうという環境をつくりだせる人。話すときも控えめではあるが、必要なときにはしっかりと自分の意見をいえる人。外国語はできたほうがいい。さらに自分と趣味を分かち合える人がいいと思います」

1987年3月ネパール・ブータン・インド三ヶ国公式訪問を前にした記者会見(27才):
「29才と30才のあいだには大きな違いがあると思います。30才でも独身でいるということは極力避けたい。だからといって、今すぐ結婚したいという気持ちもありません」

1988年2月、28才の誕生日会見:
30才までにというお気持ちに変わりはありませんかという質問を受け、「今でもそう思っています」
お妃選びを登山に例えると何号目ぐらいに来ていますかという質問に対し、「30才までにということを申し上げていますし、まあどうでしょうか。7-8合目くらいといったところでしょうか。最終的な決定は自分でしたいと今でも考えています」
7-8合目の意味を聞かれて「やはりまだ、山頂は見えていても、なかなかそこへたどりつけないという感じなんじゃないでしょうか」
山頂というのは意中の人という意味かと聞かれて「結婚というものが成立したという時期を山頂にたとえてみたわけです」

1989年9月の会見(29才):
「(理想の女性像の新しい条件は)いくつかすでにお話しておりますが、これ以上つけ加えるのはぜいたくな気がします」
「(結婚の新しいメドについては)何才までというのはなかなか難しいと思います」

1990年2月30才の誕生日会見:
「焦らずマイペースでやっていきたいと考えています。理想の女性には会えたかもしれないし、会えなかったかもしれない、と申し上げておきます」
「これはやはり自分の熱意がその人に対してあるかどうかという問題でもあります。その段階になってみないとわからないと申し上げておいたほうがいいですね」

1992年32才の誕生日会見:
「焦らずにマイペースで望みたいと思います。チャールズ皇太子と金メダルを争うことになるかも知れません」

こうしてまとめて書くのは何となく女性週刊誌じみている気がしてしまいます
私が感じたのは、記者会見のたびに結婚に関する質問が浩宮さまに向けられているのだなあというところです
日本国民にとっては大きな関心事だったでしょうけれど、それにしても毎回毎回このように詰問されては、私だったら記者会見恐怖症になってしまいそうです
記者会見でもこんな状態ですが、ふだんの生活でもまわりの侍従などからも言われていたでしょうし、たいへんだっただろうなあと想像します
私はつい最近まで皇室にはあんまり関心がなかったのですが、皇室に嫁ぐということが「とってもたいへんなこと」だというイメージはしっかり持っていました
私に白羽の矢が立つことなんて絶対にないのはわかっていたんですが、「皇室には絶対に入りたくない」なんて思っていましたから…
そういうイメージは多くの女性が持っていたのだと思います
週刊誌経由とは言え、数々の噂話からそのようなイメージを持たれるのは仕方がないことだと思います
そういう状況の中で結婚相手を探すのはとてもたいへんだったでしょう
出会いも少なかったでしょうし、出会っても一般の人のようにゆっくりと友好を深めることも難しかったでしょうし、すぐに「お妃候補」としてマスコミにかぎつけられてしまうし、結婚相手を探すのにはあまりいい環境ではなかったんだと思います
皇太子妃候補の情報を取得しても報道を自粛するという「報道自粛協定」が結ばれたのもうなずけます
マスコミは少しでも早く情報をゲットしたかったんでしょうけど、そうすることが結婚相手探しの妨げの一因になっていたわけで、ひどく滑稽に思えます

それから雅子さまとの婚約会見での言葉についても触れられていました
皇太子さまが「一生全力でお守りしますから」と言ったことについて、皇太子さまは「一生全力で」「守」らなくてはならないと、彼自身が認識している状況が天皇家をとりまいて存在していることを認めているのだと述べています
たしかに…そうなのかもしれないとも思いました
それはやっぱり美智子さまが皇室入りした際のさまざまな困難を目の当たりにして来たからだと思います
皇室にあまり関心のなかった私でさえ「皇室に入るのはたいへんだ」というイメージを抱いていたわけですから、そりゃあもうたいへんだったんだと思います
香淳皇后が露骨に美智子さまを無視した映像がテレビで放映されたり…なんてこともあったらしいですし、ナントカという侍従の日記にもいろいろ書かれていますから…
ふつうに結婚する以上に困難の多い人生になるだろうことは皇太子さまも雅子さまもわかっていたのだと私は思います
そういうことも含めて、さまざまな困難があるだろうけれど、そんなときには話をしたり、悩みを聞いたり、どうしていったらいいのか一緒に考えていこう…そんなかんじの「一生全力で守る」だったのだと私は思っています
ただ、婚約会見のときに、皇太子さまが皇后さまがいろいろと苦労されたということに対し「ピンと来ない」と発言したのがちょっと気になります
ほんとにそう思っていたのだとしたらどうしょもないアポチンだと思います
皇太子という立場として、皇后さまがそうした苦労をされたことをマスコミに対して認めるような言い方を避けたのなら、納得ですけどね
雅子さまが皇太子さまの「一生全力でお守りしますから」という言葉を婚約会見で引用したことについては、「言質取り」だとあちこちで言われたりもしましたが、著者もそういう考えらしく、「雅子さんは記者会見の席で「皇室入りと決意させたものは何か」との質問に答える形で提示するという、見事な「戦略」を展開したともいえる」と述べています
私としては、そんな戦略だの言質取りだのそういう計算高いことを思いつく人こそ計算高い要素を持っているんじゃないかなと思ってしまいますね
実際にどうなのかはわかりませんけれど、私は雅子さまは皇太子さまのこの言葉に感動して皇室入りを決意した…その裏にはいろいろな思いもあったでしょうけれど、「言質取り」をしておこうといった意識はなかったのではないかという見解です
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皇室について。 | コメント(3) | トラックバック(0)
コメント
No title
そうですね
私も雅子さまは戦略、というほど考えて発言されてないと思います
きっとマスコミ慣れしていなくて聞かれたからそのまま答えちゃたんでしょう
ただ、正直、そんなに馬鹿正直に答える必要はなかったような気がします
プロポーズの言葉や二人のやりとりはぼかしていてもよかったような気がしました
対マスコミのときは言いたくないことは言わなくてもいいわけですが、それをご存じなかったようですね
愛子内親王「乱暴→不登校」騒動に見え隠れする皇太子一家の新たな「弱者利権」戦術?国民の迷惑、他
1・愛子内親王が国民に迷惑をかけた:同学年の男子児童たちが生涯にわたって疑いの目を向けられる。

2・学校では1人の児童に過ぎない。国民の上に立つ皇族なら試練に耐えよ。

3・同時期に暗躍していたハマナス(≒雅子妃)一派が馬脚を現した他ブログでの「スカートめくりに遭われた」コメント

4・秋篠宮眞子内親王殿下、悠仁親王殿下が学習院を避けられたのは賢明なご選択

5・鳩山由紀夫は両陛下のご不例にも何の配慮もしないのに、何故愛子内親王には見舞いの言葉を?

6・東宮家の愛犬は「ゆり」ではなく産経新聞皇室担当と「皇室ウィークリー」だ。

7・この問題でも保守が思考停止することを懸念する。

8・「雅子さまはご病気」による「弱者利権」「被害者アピール」狙いが通用しなくなり、次の手を打った。

9・最後に

補足・宮内庁と宮内庁東宮職は違います。宮内庁に抗議するときは「東宮職宛て」と明記しましょう。



すでに報じられているように、愛子内親王が「乱暴」で学校を休んだ。


愛子さま学校お休みに 同級生の「乱暴なふるまい」で
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/imperial.htm


しかもここ2週間ろくに登校しておらず、本日8日になってようやく1時間だけ登校したという。

本件については既に多くのブロガーの方が書かれているので詳細は今更申し上げるまでもないが、特に気にかかることを申し上げたいと思う。


1・愛子内親王そして皇太子夫妻が国民に迷惑をかけた:同学年の男子児童たちが生涯にわたって疑いの目を向けられる。


まず事実関係のあやふやさである。

宮内庁東宮職の野村一成東宮大夫(前職は害務省ロシア大使)の説明と学習院側の説明が食い違うこともすでに御承知だろう。


東宮職:野村一成東宮大夫

愛子さまご欠席 野村一成東宮大夫の会見一問一答
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/100305/imp1003051730002-n1.htm


学習院:東園基政・常務理事、竹島芳樹・総合企画部長

愛子さま「乱暴」問題 学習院会見(上)「クラス替えに心配も」
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/100306/imp1003060018000-n1.htm

愛子さま「乱暴」問題 学習院会見(下)「宮内庁ファクスで調査開始」
http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/100306/imp1003060023001-n1.htm

ただ、どちらを見ても愛子内親王を叩いたり、怪我をさせたというのならまだしも、これまでの話を総合すると、愛子内親王が直接的に被害を受けたとはとても思えない。

まず心配されるのは「犯人にされた」男子児童たちのことだ。そしてその家族の方々だ。

野村東宮大夫は詳細な事実関係を巧妙にぼかし、愛子内親王がさも被害を受けたかのような印象操作の発表をしているので、真相がわかりにくくなっているが、これでは同学年の男子児童全員が世間から疑いをかけられてしまうではないか。「誰が犯人?」「何をしたのか?」と。

それも現時点だけではない、同学年の学習院初等科出身というだけで、将来にいや生涯にわたって疑われる不安を抱えさせられてしまうではないか?彼らの精神的ダメージこそ心配だ。


野村氏は独断で発表したものとは到底思えない。野村氏は小和田家そして雅子氏の長きにわたる「忠実な」部下である。


背後には皇太子夫妻、特に雅子妃もとい小和田雅子氏の意思が強く働いていることは想像に難くない。

そうなれば当然、国民に迷惑をかける発表を「させた」皇太子夫妻の罪は重大である。


これでは東宮家の内親王そして皇太子夫妻が国民に生涯にわたる苦しみを背負わせたことになる。

国民に迷惑をかける皇太子夫妻は次代の天皇・皇后として失格だ。


また、一方の愛子内親王自身に非はなかったのか?

愛子内親王は幼稚園時代から学校を頻繁に休んでいるというだけでも、なにかおかしいと思うべきではないのか?

そして、2009年秋の運動会でのいわゆる「ガッツポーズ」と報じられた、女子でありながら大股を開くという破廉恥行為。

さらに、8歳にもなってお辞儀する姿すら見られない。そのへんの非常識児童と全く変わらないではないか。

このたびの報道を見ていると、「愛子内親王は被害者」であるかのような印象操作一色だが、そんな、しつけのまったくなっていない愛子内親王側に非はなかったのか、極めて疑問に思う。


2・学校では1人の児童に過ぎない。国民の上に立つ皇族なら試練に耐えよ。


どんな子供でも他人に迷惑をかけるのはいけないことだ。いじめはなおさらだ。それは迷惑やいじめを受けるのが愛子内親王であろうとなかろうと。

しかし、内親王と言えば生まれながらの皇族であり公人だ。そして皇位継承に無関係であっても日本国民の上に立つ存在だ。

少なくとも皇族である間は、日本国家と国民を背負う一翼を担うという自覚を皇太子夫妻から教えられているのか、はなはだ疑問に思わざるを得ない。


もうひとつ言えば、教育・学問の場における師弟関係もまた宮中とは別の意味で神聖なものである。

学校の中ではたとえ親王・内親王と言えども児童・生徒・学生の1人である。先生には従わなければならない。それが教育の場の神聖さだ。

まして東宮家の教育方針が「普通の子供と同様に」であればなおさらのこと、普通の子供が経験するさまざまな試練に耐えることを学ばせるべきではないのか。楽しいことは経験させたいが苦しいことは経験させたくないなどもってのほかだ。
ココさんへ
ココさんへ
コメントありがとうございます
私も同じような意見です
聞かれたから答えた、というかんじだと思います
あとになって「言質取り」だのどうのこうの…と言われるようになり、後から考えれば言わなくてもよかったのかもしれない…とも思いますが、こういうことをとやかく言う人たちがいなければ別に大して問題にもならなかったようなことなんじゃないかなあとは思いますね
マスコミって言っていないことでも言ったかのように書いたりするものですから、実際に言ったことだとわかれば、それにさらにさまざまな憶測と想像を加えてくるでしょうし、あまり明らかにせずにおいたほうが賢かったのかも知れませんね

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