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皇太子さまと雅子さまは2002年(平成14年)12月にオーストラリアとニュージーランドを公式訪問し、それに先立ち記者会見に臨みました
そのときの発言が批判の対象となっています
記者会見の全文はこちらです
この中から該当の部分を引用します

記者:
約8年ぶりの両殿下そろっての外国親善訪問になりますが,どのような感慨をお持ちでしょうか。また,両殿下ご自身の外国親善訪問の意味や在り方についてどのようにお考えでしょうか。今後の外国訪問の中で,どのように「自分らしさ」を出していこうと考えていらっしゃいますか。

雅子さま:
ご質問にありましたように,今回公式の訪問としては8年ぶりということになりまして,ニュージーランドとオーストラリアを訪問させていただくことができることになり,大変うれしくまた楽しみにしております。
中東の諸国を訪問いたしました折のことは今でもとても懐かしく本当にいい経験をさせていただいて,その時の思い出は今でも皇太子さまとよく話題にしたりしておりますけれども,その後8年間ということで,そのうち最近の2年間は私の妊娠そして出産,子育てということで最近の2年は過ぎておりますけれども,それ以前の6年間,正直を申しまして私にとりまして,結婚以前の生活では私の育ってくる過程,そしてまた結婚前の生活の上でも,外国に参りますことが,頻繁にございまして,そういったことが私の生活の一部となっておりましたことから,6年間の間,外国訪問をすることがなかなか難しいという状況は,正直申しまして私自身その状況に適応することになかなか大きな努力が要ったということがございます。
今回,昨年子供の愛子が誕生いたしまして,今年,関係者の尽力によりまして,ニュージーランドとオーストラリアという2か国を訪問させていただくことができることになりましたことを本当に有り難いことと思っております。


これに対する事件名は「『外国に行けないのが苦痛でした』顔面ブルブル痙攣発言事件」というもの…
「外国にいけないのが苦痛でした」とは言っていないと思うのですが…批判派はそう解釈したのでしょう
雅子さまの述べた言葉の中で「外国にいけないのが苦痛でした」に当たるのは、「それ以前の6年間,正直を申しまして私にとりまして,結婚以前の生活では私の育ってくる過程,そしてまた結婚前の生活の上でも,外国に参りますことが,頻繁にございまして,そういったことが私の生活の一部となっておりましたことから,6年間の間,外国訪問をすることがなかなか難しいという状況は,正直申しまして私自身その状況に適応することになかなか大きな努力が要ったということがございます。」の部分であると思います
私なりにまとめると、皇太子さまと雅子さまは8年前に中東を訪問し、今回のオーストラリア・ニュージーランド訪問が8年ぶりの外国公式訪問となり、そのうちの最近の2年間は愛子さまが生まれて忙しく過ごしていたものの、それまでの6年間、外国訪問ができなかったことを受け入れるのに大きな努力が必要であった…ということです
これを読んで、「あれ、ベルギー皇太子の結婚式は?」と思ったのですが、あれは公式訪問ではないってことなんでしょうかね
まあそれはさておき、この発言についてですが、そうですね…批判派がそう捉えるのもわからなくもないかな、という気はします
私としては、その言葉を述べるに当たっての背景や、なぜそう述べたのかを探って行きたいとは思うものの、外国訪問ができなかったことに不満があるという印象を与えたことに変わりはないので、このような述べ方が問題視されても致し方がないのではないか、と思います
それに、外国訪問云々のときに、皇室に入る前の生活について述べないほうがよいのではないか…と私は思いました
私がもし皇室に入ったら(入ることは絶対にないのですけど)、皇室に入る前のことは公の場で口にしないと思います
自分の両親のこと、結婚する前の家族のことについても「私の母が…」とか「私の育った家庭は…」などと話すことも避けると思います
というのも、皇室に入るということは、古い言い方にはなるけれど、それまでの生活を捨てて、というか、切り離して皇族として生活をしていくということになると思うからです
もちろんプライベートでは結婚前はこうだったとか、自分の幼少の頃について話したり、愚痴を言っても構わないと思います
でも、こういった公式な場面に置いて「結婚前に海外に行くことがとても多かった」ということを引き合いに出して、今の状況について語るのは皇族となった身としては避けたほうがよいのではないかな…と思います
さまざまな思いはあると思います
公的な場においてはご両親はご両親でなくなってしまうような部分はあるでしょうし、両親からしてみれば、娘ではなく日本の皇太子妃になってしまったわけですから、なかなか複雑な思いになりますよね
心の中やプライベートではいつまでも自分の親として、自分の娘として思い親しんでもかまわないと思うのですが、皇太子妃としては結婚前のことについて語るのは避けたほうがいいのではないかと思いました
批判派が批判の対象としている部分ではありませんが、私はこちらの発言も少し気になりました

さて、問題の発言ですが、雅子さまの「顔面ブルブル痙攣」などと書かれていて、まったくひどい書き方だと呆れてしまいます
この会見の様子をYouTubeで見ましたが、雅子さまは話しながら必死に笑顔を作ろうとしているように見えました
それが批判派には痙攣しているように見えたのでしょう
この発言の前後を見ると、雅子さまがこのことを自ら述べようとしているように感じました
例えば、記者が関連質問などで「8年ぶりの公式訪問ですが、そのあいだはどのような思いがありましたでしょうか」などと聞いたのだとしたら、このような発言がなされるのも自然に感じますが、雅子さまになされた記者の質問は「今回の外国親善訪問についての思い」「公式訪問についての意味や在り方」「今後の外国訪問にどう自分らしさを出して行くか」であり、雅子さまが述べた問題となる発言は求められて答えたものではないですよね
つまり…雅子さまはあえてそう述べた…そう私は思いました
その背景を見て行きたいと思います
私は雅子さまがこう述べたことについて、雅子さまはそれまでの苦しい胸の内を少しでも吐露したかった、わかってもらいたかったのではないかと感じました
なぜ6年間外国訪問ができなかったのか…それはやっぱりお世継ぎ問題にあるのだと思えてなりません

以下にこの会見での関連質問を引用します

記者:
妃殿下にお尋ねしますけれども,先ほど1問目のお答えの中で,ご結婚以前の生活は外国に頻繁に行かれていて生活の一部になっていたと申し上げられましたが,ご結婚してから,なかなかそういう機会に恵まれず,大きな努力があったというふうにおっしゃいましたけれども,その時のお気持ちですね。努力があったこととか,自分なりに気持ちの整理などされた部分もあると思いますけれども,その辺をもう少しお聞かせ願いたいと思います。

雅子さま:
そうでございますね。また子供が生まれましてからいろいろ状況も変わっておりますので,その前のことをはっきりと思い出すのもなかなか難しい面もあるのですけれども,やはり国民の皆さんの期待というものが,いろいろな形での期待があって,その中には子供という期待もございましたし,他方,仕事の面で外国訪問なども国際親善ということでの期待というものもございまして,そういう中で,今自分は何に重点を置いてというか,何が一番大事なんだろうかということは,随分考えることが必要だったように思います。(以下略)


関連質問への雅子さまの言葉を見ると、やはりお世継ぎ問題が大きかったのだということがわかります
参考にしているサイトには、雅子さまが「外国訪問と、皇太子妃としての最重要使命のどちらが大事なのか、結婚10年近くなってもまだ理解できてない」と批判的でしたが、私はそうは感じませんでした
私は雅子さまが自分がお世継ぎをもうけなければならない立場にいることは十分わかっていたと思います
なかなか子供に恵まれず、不妊治療もしていたと思うのですが、それでもなかなか授からない…これって本当につらいものです
世の中には努力してできることと努力してもできないことがありますが、子供を授かるということは後者に当たります
医学が進歩し、不妊治療も以前に比べれば大きく進歩しているとは思いますが、人間が人間の生殖を自在にコントロールするには至っていませんし、これからもそれはできないと思いますし、そうなってはいけないと思います
これは言ってみれば神の領域に当たるのではないでしょうか
いくら高度な不妊治療を行なったとしても妊娠の最終段階である「受精卵が子宮の壁に着床」という作業は、直接的に人間が手を下すことができないのが現状だと思います
受精卵が子宮の壁に着床して初めて「妊娠」したと言われます
精子と卵子が出会って受精しただけでは妊娠とは言いません
着床しやすくするために子宮の壁を厚くするなどの対処はできても、必ず着床する方法は未だありません
健康な人(不妊ではない人)でも、着床するのは30%程度ですから、何らかの不妊の原因のある人の着床がいかに難しいかがわかります
不妊でない人は、確率で行けば4回目で着床することにはなりますが、そういう見通しが必ず立つものではないのです
努力してもなかなか妊娠に至らないのは女性としてもショックでしょうし、いつになったら抜け出せるのかわからず、途方に暮れてしまいます
そんな中で、雅子さまには「お世継ぎを生まなければならない」「しかも男子を」という大きなプレッシャーがかかっていました
まわりからも「まだか、まだか」と直接的に間接的に期待をかけられていたのだと思います
そういう状況で、自分は何なのだろう…お世継ぎを生むだけの存在なのだろうか…と思い悩むのはごく自然なことではないかと私は思います
もちろん自分が皇太子妃であり、お世継ぎをもうけなければならない立場にあるとわかった上で、です
私は雅子さまの生活のほとんどがお世継ぎ誕生のために規制されていたのではないかと思います
不妊治療は女性の周期に合わせてさまざまな治療が行なわれますが、そのために前もって公務に赴かないことが取り決められたり、調節されたりしたのではないかと思います
まわりが「早くお世継ぎを…」という雰囲気をムンムンに出している…それでもなかなか妊娠に至らない…気が滅入ってしまいそうです
不妊の原因はいろいろありますが、何をしたからこうなったということはわかりませんし、偶然たまたまそうなってしまっただけで、不妊に悩んでいる人が悪いわけではありません
こういったことをよく知らない人はまだまだ多いのだと思います
私自身もそうでした
いわゆる危険日近辺に避妊をしない性交を行なえば、妊娠するものだと思っていました
でも実際にはそんなに短絡的なものではありません
個人差がありますから、すぐに妊娠する人もいるでしょうけど、一方でなかなか妊娠に至らない人もいます
雅子さまの場合、もともと妊娠しにくい面もあったのかもしれませんが、こういったお世継ぎをもうけなければ…というプレッシャーが、皮肉にも妊娠を妨げていたのではないかと思います

話を元に戻しましょう
「外国に行けなかった」と雅子さまはたしかに述べています
そのままの意味で取れば「外国訪問ができなかったことを不満に思っている」ということになるのですが、私はなぜ雅子さまが外国訪問を許されなかったのかに注目したいと思います
このことは私以外の方でも多く語っていることですし、テレビや雑誌などでも見聞きしたことがある内容ですから、改めて書く必要もない気もしますが、先にも述べたように、外国訪問がなかなか実現しなかったことにもまたお世継ぎ問題が大きく影響していると思えてなりません
これは以前にも他の記事で書いたかと思うのですが、雅子さまが不妊治療を行なっていたとしたら、周期に合わせて何度か治療が必要になります
どのような不妊治療が行なわれていたかはわかりませんが、少なくとも排卵日前から次の生理予定日にかけて治療が行なわれたのだと思います
女性の周期は一般的に28日であり、1日から生理が始まったとすると、排卵日は14日目あたり、次の生理予定日は29日からになります
だとすると、排卵日の前からですから、大体10日あたりから卵巣の状態をチェックして、排卵しそうな卵子が育っているかどうかを見ます
もし卵子が大きく育たないような不妊症の場合はもっと早い段階で治療が始まるかも知れません
そして排卵をしたら受精のタイミングを取ります
これが取れたらその後は子宮内膜を厚くしたり、妊娠を維持するためのホルモンを注射するなどの治療が次の生理予定日くらいまで続けられます
そうなると、つまり10日あたりから28日までは継続的に治療が施される、ということになるのですが、そういった治療を行なう場合、海外に限らず国内でも遠方に出かけなければならないとなると、治療が行なえなくなります
宮内庁や皇室としては、早く世継ぎを…という思いでしたでしょうし、海外から皇太子ご夫妻に来ていただきたいというお誘いがあったとしても、不妊治療の妨げになるのでは…とのことで見送られて来たといったことがたびたびあったのではないかと私は思います

そもそも外国への公式訪問とはどのように決まるのでしょう
少なくとも赴く先の国から来ていただきたいという要請があってのことですよね
日本側が一方的にそちらへ伺いたいのですが…というかんじで決まるのではないと思います
皇太子夫妻への公式訪問の要請はこの6年間のあいだにもあったのだと思います
しかしながら、とにかくお世継ぎを先にという姿勢だったとしたら、治療を行ないたい時期とバッティングするようなスケジュールが予想される外国訪問はことごとく却下されて行ったのかも知れません
思うに…雅子さまは単に外国訪問が実現しないだけでなく、とにもかくにもお世継ぎお世継ぎお世継ぎ…という雰囲気に参ってしまっていたのではないでしょうか
お世継ぎをもうける重要性は雅子さまだって承知していたと思います
そのことは記者会見でも皇太子さまの口から語られていました
しかし、子供を授かるって努力してもなかなか実らないこともあるのです
もちろん簡単に妊娠する人もいます
望んでいないのに妊娠してしまう人もいます
その一方でいろんな不妊治療を行なっても、いいと言われることをすべてやってもなかなか子供に恵まれない人もいるのです
これは努力だけでどうにかなるものではない…そのことをまずはわかってもらいたいと思います
雅子さまの場合、ご自身が子供を授かりたいと思う気持ちの他に、まわりからの期待・重圧は想像もつかないほど大きかったはずです
私自身も経験したことですが、不妊治療を行い、でも妊娠に至らず、生理が終わってから産婦人科に行って「ダメでした」と伝えるとき、何とも言えない複雑な気持ちになりました
がっかりした気持ちもあるけれど、それを看護士さんに伝えなければ行かないわけで、申し訳ないような、みじめなような、そんな気持ちでした
雅子さまの場合、まわりの女官も宮内庁職員も身内も国民もみんなが期待して待っているという状態でしたよね…そんなときに「また妊娠に至らなかった」と報告するのはどれほどつらかったでしょうか
そんなことを何度も何度も繰り返して来たのだと思います
そしてお世継ぎをもうけることがどんどん優先されて行き、外国訪問だけでなく、国内の公務やプライベートでのスケジュールも調節され、雅子さまの生活そのもの・雅子さまそのものがすべてお世継ぎ誕生のために計画されていったのではないでしょうか
私は雅子さまが外国訪問について語ったのは、ほんの一部のことであり、実際はすべてのことがお世継ぎお世継ぎ…となってしまっていた状況に苦しんでいたのではないかと思います
このようなことを語ると、「お世継ぎをもうけることが皇太子妃の最大の務めだ」と言われることになるのですが、たしかに雅子さまに世継ぎ誕生の責任が課せられる状態であったとしても、努力だけではどうにもならないことであるということを理解した上で、雅子さまの気持ちを思いやってはもらえないだろうかと思います

皇室の人たちの会見での言葉はたびたび議論の対象になります
突っ込んで聞くことができないので(できても関連質問くらい)、さまざまな憶測を生んでしまいますよね
これは皇太子さまの「人格否定発言」もそうだし、天皇陛下や秋篠宮さまも同じだと思います
ああなんじゃないか、こうなんじゃないかと人々はいろいろと考え、人それぞれ感じ方が違うから、論議になったりもします
皇室の人たちは、なかなか自分の意見や思いを率直に話すことができない立場にあるから、もしかしたら思いを汲み取ってほしい…そういう思いもあるのかも知れません
しかし、間違った方向に解釈されてしまうこともあるのだと思います
でも、週刊誌などで事実無根の記事が掲載されても、それに対して皇室の人たちが直接抗議したり、怒りをあらわにしたり、とにかく感情的になることは許されていないように思います
それでも我慢ならないことはあるわけで、そういうことを会見などで述べることがたまにありますが、決して感情的にならずに穏やかに話す努力をしなければならない立場にあるのだと思います
ずいぶん前に秋篠宮さまがタイに愛人女性がいると週刊誌に書かれたことに対して会見で抗議をしたことがありましたが、穏やかさを保ち、怒りをあらわにはしていなかったし、皇太子さまの「人格否定発言」も淡々と述べていたと感じたのですが、どちらの会見でも隠し切れない感情は見え隠れしていたようにも思います
雅子さまも同じように、このときの会見で感情的にならないように笑みを浮かべて話したのだと思います
しかし、心のうちにはさまざまな思いがあって、それを隠し切れず、ひきつったような笑みになってしまったのではないだろうかと思います
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コメント
もう終わりにしましょう
管理人さまへ
 貴方さまがどんなに雅子妃殿下を愛していらっやるか、そして愛子さまのことも思っていらっしゃるかよくわかりました。でも、もう終わりにしたらどうでしょう?貴方さまがここで書き続ける度に、妃殿下のお立場が下がっていくように思います。
 懸命に努力したけれどうまくいかないことって多々あります。人には様々な個性があります。もし合わない道に進んでしまったのなら、自分が生きやすいように方向転換すればいいだけのことです。でも当人には中々それが見えません。ご理解がある管理人さまなら、サジェスッチョンして差上げることができるのではないでしょうか?
みくさんへ
コメントありがとうございます
これはどこか他でも述べていると思うのですが、私は雅子さまを愛しているというほどではありません
もちろん雅子さまのおかれている立場を思っていろいろと「ああではないか」「こうではないか」と語っていますから、それなりの思いはありますが、単なる皇室ファンだとか皇室を尊敬している人だとか、そういうのとはちょっと違います
私はこのブログを書き続けるたびに、雅子さまになされる批判の数々のほとんどが事実に基づかないものであったり、想像に想像を重ねたものであったり、同じことを他の人がしているのに雅子さまだけが批判の対象になったり…ということを発見し、自分が当初抱いていた「雅子さまへの批判は正当なものではないのではないか」という思いが確立していくように感じています
雅子さまの立場が下がっていくようには感じていません
雅子さまが生きやすいように方向転換をする…というのは、具体的には皇太子妃をやめて皇室を出るということなのでしょうか
私はそうしたくてもそうできないのが現状なのではないかと思います
そうすることがもし雅子さまにとって唯一の救いの道であるならば、そうさせてあげたいとも思いますが、皇室を出てもマスコミの格好のターゲットになってしまうでしょうし、皇太子妃の責任から肩の荷が下りたとしても、あまり解決策にはならないように思います
私が雅子さまに助言して上げたら…とのことですが、一般市民の私がどうやって助言するんでしょうか
そもそも私は雅子さまに助言する立場にはありません
たしかに私なりの意見もあって、「この場合はこうしたらよかったのでは」という思いもないわけではありませんが、それよりももっと雅子さまのまわりの人や国民がもっと雅子さまのおかれている状況を思いやっていってもらえたらと思っています
長文コメント失礼します
そうですね。
雅子さまのお立場ですとあの言い方が限界だと思う反面、もう少しだけ語弊の無いような言い方ができれば、雅子さまにとっても良かったかな・・・と思っています。
皇族方の会見の内容を字義通りに受け取るのは危険なこともある、というのは皇室を趣味で調べていて思うことです。
しかし世間の人達はそうはゆかないわけで、「雅子さまは海外に行きたがっている」「皇室に嫁いだのに・・・」という意見や報道が出る度、嫌な気持ちがする反面、「あのおっしゃり方では仕方ないかも・・・」という気もします。

さて、気になったのですが、そもそも皇族方にとって海外へ行かれるとはどういう意味があるのでしょう。
週刊誌やネットだけでは確かな情報を得にくいと思い、図書館で皇室の本を借りて読んでみました。
すると昭和の時代は、地方公務や海外への公務を「旅行」と言っていることに気付きました。
昭和天皇は「地方へ旅行に行くことは大きな喜びの一つです」「私が唯一自由になれたのは皇太子時代ヨーロッパへ旅行した時だけです」と会見や侍従を通しておっしゃってました。
勿論やっていたことは会の出席、名所ご視察など今とほとんど変わらないようでした。
現両陛下が結婚翌年にアメリカに行かれたのも、新婚旅行とハッキリ書かれている部分を何度か目にしましたし、地方や海外へ行かれるのは公務というよりは、皇居を離れられるひとときという言われ方をされてきたようです。
勿論公務もあるので100%旅行気分という訳にはいかなかったでしょうが、皇族方の出した本なども読んでみますと、皇族方にとってはどうやら「海外へ行くお許しが出る=ご褒美」という位置づけのように思いました。
皇族方にとって制約の多い日本を離れて海外へ行くことは嬉しいことのようですし、そういう記述を少なからず目にしました。

だとすると雅子さまが海外へなかなか行く機会が与えられなかったのは、想像を絶する苦しみだったろうと思います。
私の知る限り、雅子さまは一番海外へ行かれていない皇族です。
他の皇族方(未婚、子供がいらっしゃらないご夫妻も含む)は海外へ行かれているのに、海外で住んでいたこともある自分は行かれないなんて・・・と比較なさるのは無理ないと思います。

勿論管理人さんのおっしゃるように、雅子さまが皇太子妃としてのお世継ぎを産む役割を果たそうと大いに苦心されたのは痛いほど伝わってきますが、他の方々に与えられている息抜きが、自分にはまるで「まだ東宮妃の役割を果たしてません」とばかりに貰えない、これは相当に哀しくつらいことだと思いました。
そう考えると雅子さまが会見で「海外へ行く機会が与えられずつらかった」とおっしゃったのは、大変に大きな意味があったと感じます。
これに対して宮内庁職員(確か羽毛田長官だったと思います。間違ってたらすみませんが、会見で意見を言えるということはトップかそれに近い方かと)は「東宮妃がそこまで海外に行きたいと思ってらっしゃるとは思わなかった」と他人事のような言い方をしてました。
雅子さまに対する皇室内での批判的な動きは、敬宮殿下が産まれる前から、もっと早ければ結婚直後から有ったのかもしれません。
東子さんへ
コメントありがとうございます
雅子さまの「事件簿」を追う中で、大方が「なぜそんなことが批判になるのだろう」と思うものですが、中にはその言い回しやことばの選択が原因で批判の対象になってしまっていると感じることはあります
発言の機会が少ない皇室の人たちですから、口にしたことが後々まで印象深く残ってしまいますし、慎重すぎるくらいにことばを選ぶ必要があるのだと思います
そうでないとあれこれと想像に想像が膨らみ、本人の意とはまったく違ったものとして理解されてしまうことにもなりかねません
私が皇族だったら、当たり障りのないことだけを口にするよう心がけると思いますが、なんせ言われたい放題ですから、ときには皮肉のひとつでも言ってやりたくなるのが本心なのかもしれませんよね
最近の皇族の発言を見ていても、本音が見え隠れするものが多いように思います

皇族方が海外に行くことにどういう意味があるのかについて、たいへん感慨深く読ませていただきました
たしかにそういう意味はあるかもしれませんね
皇太子さまもかつてオックスフォード大学に留学していたとき、日本にいるよりも自由に行動ができたと述べていたように思います
日本国内よりも海外でのほうが人々との交流の機会も多そうですし、距離感もより身近なのではないかと感じます
そういった点からも海外のほうがより自由に行動できていると言えるのかもしれません

「海外へ行くお許し」イコール「ご褒美」という位置づけも間違っていないように思います
秋篠宮家に悠仁さまが生まれた後、秋篠宮さまが海外に行ったことがありましたが、これは週刊誌に書かれていたことですけど、ご褒美的な要素があったとか…
となると、皇太子夫妻が愛子さま誕生後にオーストラリア訪問をしたのも、愛子さまを産んだ「ご褒美」なのかもしれませんね

皇室の人たちはふだんなかなか自由に行動できません
四六時中お付きの人たちに囲まれ、監視されているような気分になりそうです
私たち一般市民だったら、ちょっと気晴らしに友だちとランチやショッピングに出かけたり…ということも可能ですが、皇族となればそうも行かないのでしょうね
海外に赴くとなれば、おつきの人たちに囲まれての生活からも少しは離れることはできるでしょうし、解放されるという思いになるのかもしれません
私たちがずっと家の中にこもっていたら気が滅入ってしまうように、ずっと皇室内にいることは本当に窮屈なことかもしれません
まして雅子さまは何年も「お許し」が出なかった…しかもお世継ぎをとのプレッシャーを与えられていたであろうことを考えると、どれほどつらい日々を送っていたのだろうかと想像を絶します
よく批判派が雅子さまが海外かぶれで海外に行きたがっていると述べますが、単純にそういうことではないのだと思います

地方公務をかつて「旅行」と述べていたことも興味深いですね
いつだったか忘れてしまいましたが、皇太子さまか雅子さまが地方公務のことを会見で「旅行」と述べたことが批判派に批判されていました
たしかに「旅行」という響きは仕事というよりも楽しみという要素を連想させます
一般市民で言えば「出張」と「旅行」の違いみたいなものなのでしょうか
言葉の定義も時代と共に変わっていくこともありますから、昭和時代には「旅行」でも違和感がなかったのかもしれませんし、もしかしたら「旅行」ということばを使うことに批判が出て、最近は「公務」とか「訪問」ということばを使うようになったのかもしれませんし、そのへんのことはよくわかりませんが、大した違いではないように思います
ただ、発言の少ない皇族は、口にしたことがあれやこれやと物議を醸し出してしまいがちですよね
だからなるべく慎重なことば選びをする必要があるが故なのかもしれません
いろいろなことに気をまわさなければならない皇族は本当にたいへんだと感じます
雅子さまの「海外に行けなかった」という発言も雅子さまの発言の真意よりもそのことばばかりが一人歩きしてしまい、「妃殿下は国内よりも海外に目が向いている」などと言った批判が出てきてしまったような気がします
他にも皇族の発言に置いてはそういった問題が生じることが多いように思います

東子さんのコメントを読んで、東子さんがきちんと書籍などを読んだり、下調べをしているところに感銘を受けました
皇室という繊細な問題を取り扱う以上、聞きかじっただけの知識でものごとを述べてはいけないと思います
私もきちんとした情報を元にブログを書くように努めているつもりですが、難しさも感じています
これからもご意見をお聞かせください
新しい人生の船出をするべき
こんにちは。わたしは、雅子様は行き詰まってしまったと思います。およそ9年療養生活をされる一方で、今回、愛子様の宿泊学習につきそわれたり、行く先すべての観光され、公務もやらないのにと批判記事が多く出ています。東宮職も説明不足で、色々と話に矛盾が生じている状況です。ご本人もどう動いたらいいか分からなくて、本当に辛い状況と思います。
 この状況をどうしたらいいか?? 雅子様ご自身のご静養をよく観察すると外で気ままに動く、おいしいものを食べに行く、買い物するなど自由な、庶民的な生活がしたいのではないかと拝察します。やはり民間に戻って、自分らしさを取り戻すべきだと。人生あと40年生きたとして、今後の人生を潰してしまうことになりかねない状況です。今、なるべく早めに決断することが大切と感じています。皇室にいても、適応障害が治らない状況を考えると、次の手を打つべきです。
ななさんへ
コメントありがとうございます
ななさんのコメントを読んで、精神的な病いに対する知識がないが故の一般的な感じ方ではないかと感じました
私自身も精神的な病いについてきちんとした理解があるとは手放しでは言えない状態ですが、自分が分からないことに対して「自分にはわからない事情やたいへんさがあるのではないか」と思うようにしています
精神的な病いを患っている人の行動はとかく「わがまま」や「怠け」だと解釈されがちですが、実はそうではないということは徐々に浸透しつつあると私は感じていましたが、まだまだ理解を得られていないのかもしれません
雅子さまが皇太子妃としての役割を果たせていないとの批判が上がっていますが、雅子さまがこのような状態になったのは皇太子妃であるが故だと私は思います
「だから皇太子妃をやめればいい」という意見も上がってくるのでしょうけれど、雅子さまをこのような状態にしてしまった原因や過程に目を向けず、今役割が果たせていないからという結果だけであれこれと批判するのはいかがなものかと思います
それに、雅子さまが仮に皇室を出て民間に戻ったとしても、皇室に入る以前のような生活が送れるとは私は思えません
マスコミには引き続き追いかけ回されるでしょうし、皇室にいるときのような警備や保護もされないでしょうから、よりよい環境が得られるとも言えないのではないでしょうか
東宮職の説明不足は私も感じていますが、精神的な病いが故に、なかなか説明し切れない部分もあるように感じます
愛子さまの不登校問題もそうですが、本来なら学校と保護者の連携によって解決するべき問題が、皇族が故にニュースとして晒され、大きな問題となってしまっています
このようなことまでいちいち報告すべきことなのか私は疑問に思いますが、不登校の問題も精神的な病いに関してもたいへんデリケートな問題であるが故に説明できない部分もあるのではないかと私は思います
私は雅子さまが皇室を出ることがななさんの言う「次の手」として適切だとは思いませんが、今の状況を打開しているための方法・手段は当然のことながら東宮職も皇室も宮内庁も雅子さまの立場を思いやって考えていることだと願っています

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