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愛子さまの2才の誕生日のときの映像に、愛子さまが木製のキッチンセットで遊ぶ姿がありました
そのキッチンセットについてです
事件名は「愛子ちゃんのおままごと用木製キッチンセットは特注30万円事件 」でした
参照資料はこちらです
該当のおもちゃの箇所の拡大画像はこちらこちらです
(画像のアップがうまくできないのでホームページスペースのほうにアップしています)

この資料を見る限り、キッチンセットの値段はわかりませんし、特注だとも書かれていません
この「30万円」はどこから割り出したのか…疑問に思います
この資料のままごとセットに関するキャプションには以下のように書かれています

ままごと道具セット…「高橋木工房」の手製。鍋1,800円など(価格は目安)
ままごとセット…「なかよしライブラリー」、無着色の木製収納付き28,000円
キッチンセット…愛子さまの満2才のお誕生日の写真で話題に。ドイツ製ではなく日本製だった
テーブルとチェア…群馬県の「木まま工房」の大野○○さん(43)が手作りしている。やさしい仕上がりのひつじのテーブル45,000円、チェア12,000円。


キッチンセットは「ドイツ製でなく日本製」とありますが、「本来ドイツ製のものが日本で作られた→特注に違いない」という解釈なのでしょうか

私の子供も大きなものではありませんが、木製のキッチンセットを愛用していました
たしか私の母が子供にプレゼントしてくれたものです
木製のものはあたたかみがあり、プラスティック製のものとは比べものにならないよさを感じます
値段が高くなるのも当然という気がします

愛子さまのままごとキッチンセットが特注かどうかはわかりませんが、それなりに値の張るものであるのは一目でわかります
ままごとセットに木製の食器類、木製の野菜や果物などなどを揃えれば、「30万円」くらいだと言われても不思議には思いません
ただ、愛子さまは皇族であり、皇太子夫妻の子供ですから、これくらいのものが買い与えられてもいいのではないかと私は思います

少し話が反れますが、こちらの資料に載っているおもちゃを見てみると、国内産・外国産両方のものが紹介されています
よく雅子さまは外国製のものを好むという批判もありますが、外国産に偏っているという印象は受けません
ままごとセットも「ドイツ製ではなく日本製」とありますが、日本製のおもちゃも手に入れていることは述べず、「特注だ」と批判的に受け取ったのでしょうか…
いつものことながら何がどう出ようと批判的な見方しかしていないという印象です
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皇室について。 | コメント(4) | トラックバック(0)
コメント
No title
コメントへの再びの返信ありがとうございます。
見守れではなくて見守ってくださいですか。
 実質、東宮の立場から見守ってくださいと言われて面とむかって「見守れません」なんて返事できる人がいますか。受け取る側には見守れ、もんく言うなと言われてるのと同じですよね。それでもまだ五年や六年の期間なら私もおおせのとうり見守らさせていただいてました。まる八年が過ぎましたね。ご公務や祭祀はあいかわらずですが、私的なお楽しみや静養などはきっちりはずしませんね。
 終戦記念日や今年の4月11日のお楽しみ会やブータン国王ご夫妻へのあいさつをしないで同じ日に学習院へは行けた事、あなたはどう思うかお返事聞かせてはもらえないのですか。
 
 私に周りの人を思いやれるのなら雅子さんをもっと思いやれと言われましたが何故私が雅子さんをもっと思いやらなければならないのですか。私はあの方になんの思い入れもありませんが。そういうことを他人に求めないでください。
 まして、秋篠宮ご夫妻や親王殿下がいらっしゃって将来的になんの不安もしばらくはないではないですか。宮家の問題はまた別にきっちり考えなければならないのでしょうが。
 やいのやいの言われがちな家へ嫁いだのは雅子さんが充分大人の年齢で自分で決めたことです。やいのやいの言われたくなかったのならそのような結婚相手を選べば良かったでしょう。それとも雅子さんは無理やりだまされたとでも言うのですか。日本一有名な家に嫁ぐ事を知らなかったのでしょうか。
 私が不思議の思うのは、雅子さんを擁護される人の中で雅子さんは皇太子妃を降りられたほうがご本人のために良いのではと言う人がいない事です。皇室が合わないのなら離れるのが一番雅子さんが楽になることでしょうに、あなたも相変わらず、皆にも様子見を求めて雅子さんにも現状維持状態をさせたがりますよね。現実にやれるかどうかなんて第三者が決められる理由もないことですがせめて気持ちだけでもそうしてくださったほうが楽なのではとは考えないのですね。
 
 現実に雅子さんの病気が治ろうが公務ができるようになろうがもう今更どっちでもいいんです。今年治ったって来年また体調の波がとおっしゃりかねない人です。そうやってこの先何年つきあわされるのでしょうか。東宮問題がただただ重荷になってきてます。
 不敬きわまりなくて申し訳ありませんが、健康で公務もしっかりやっていただける方が他にもいらっしゃいます。皇室には政治家も外交官もかなわない外交の力がありますよね。この間のブータン国王のご来日でブータンの好感度がずいぶんとあがりましたね。そのようにお仕事をされる方にがんばっていただけたらいいと思います。
実は腐敗した精神の持ち主では・・?
私は5年間、重症の鬱病で苦しんだ経験者です。
心の病は周囲にはなかなか理解されず本当に苦しい日々を送り、何度も自殺を考えた事もありました。外出する出も来ず、家に閉じこもり何も楽しくなく生きている事が辛く生きる意欲さえ失い、全くの廃人状態でした。その頃の最後で最大の望みは「死」でした。
その状態の中から、這い上がるまでの体験は言葉には言い表せない死闘に近い、まさに自身との戦いでした。
医者や薬だけではこの病からは決して抜け出ることは出来ないと断言できます。
この病を治す為には自身の「心」と戦いに勝つしかないのです。
私は一般人ですから、特別な医者も手助けしてくれる人も居ませんでした。頼りは近所の精神内科と家族だけでした。夫と子供が居ましたが正直、私の病にとって力にはなりませんでした。精神内科医は、ただ薬を貰いに行くだけで、それ以上でもそれ以下でも無い存在でした。

そんな中で私が悟った事は、最終的には自分が心から治りたいという強い「信念」を持たなければ、精神的に這い上がることは困難なのが、この病気だと気付いたのです。

周囲がどのように親切にしてくれても、この病は治りません。
本人が病に甘えていたら尚一層、治る見込みはありません。
この病は患者本人が治そうと心の底からの強い気持ちを持たない限り治らない病なのです。

この病から抜け出るためには本人の強い「精神力」が絶対に必要なです。精神力を鍛える事が最重要な要素です。

現在は殆ど平常な日常が送れるまでに回復したのは自分の「心」と向かい合って、自身の精神を高めたからだと確信しています。

人間として生まれ、生きている間に微力でも世の人のために何かをしたい、それが生きる意味だと悟った時、病は回復に向かいました。人の命の意味は、そのためにあるのだと悟った時からです。

雅子さんの事は病院の待合室に置かれて居た、週刊誌の見出しで知りました。
私は病と闘いながら、苦悶していましたから、雅子さんに対する感想は何て恵まれた環境で自己を甘やかし、周囲もまた、異常な甘やかし中で、病を弄んでいる人だろうと感じ、嫌な感覚を持ちました。
私のように本当に苦しんでいる人間から見て、彼女の状態はどう見ても「甘え病」にしか見えませんでした。

むらがある精神状態とやらは、本当の鬱病で苦しむ人間から見て、信じられない病状です。
病に苦しみながら、必死に這い上がるために努力している一般人の私から見て、この人は本当に自身と闘って乗り越えようとしている人なのか、疑問と苛立ちを感じた事を覚えています。

私から見たら、あまりに異常な過保護と容認と甘えの中にどっぷりと漬かり、自ら治そうとする意欲を持っていない人だとしか感じられない人です。

私は雅子さんに同情できない。こんな甘えた人が病気だなどと言って、マスコミにのこのこ姿を現すこと自体が、私にとって許しがたい事です。

私の本当に苦しかった体験から見て、遊びになら出ならかけられる病人なんて信じられない。

本当に彼女は病気なのでしょうか・・?
ここの管理人は彼女の情報を何処から知らされるのか知りませんが、鬱病で生死をさ迷った私から見て、彼女がもし、本当に心の病だとしても、その病気は本当に軽い状態です。

本人の心の持ち方でなんとでもなる、その程度の病状です。

この程度の病で日本中を巻き込む事しか出来ないならば、自分の心をコントロールできないならば、公の立場から離れて貰わなくては、迷惑です。

あまりに、志が低すぎます、この人がこのままの精神程度しかもてないならば、多分、一生治らないでしょう。
生きている意味、命の意味を、自分の心と向き合う、自分がなすべきことは何かを考える。

それが無かったら、ただ周囲に甘やかされ自分に甘え欲求のままに生きる姿を世間にさらすだけで、その姿は人間として本当に見苦しく浅ましい姿です。

彼女の生き様は病気を言い訳に使いながら、自身の心の浅ましさを人々に見せ付けて平気でいる、あまりに浅ましく卑しい心が透けて見えます。

本当の心の病で苦しんだものとして、私は彼女の行動が許せない。鬱病にかかる人間は本当に純粋で真面目で、生きる意味を真剣に考えるような、人が多くかかります。

彼女の生き様は鬱病の人間を貶める生き方です。
彼女の心の病とは「彼女自身の心の腐敗」が表に出ているだけで、本当の鬱病を経験した人間を愚弄している生き方です。

甘えさせる事でも、同情することでも、身勝手を許すことでも無い、もっともっと自身の心に向かいあって己の心を磨く事が、病を治す最も重要なことです。

本当に苦しんだ人間を愚弄している雅子さんの生き方、それを容認するような人間の人生観を心底から軽蔑します。
kakasiさんへ
コメントありがとうございます
「見守って下さい」と言っているのを「見守れ」と言われているように感じるか、「見守って下さい」とお願いしているとそのまま受け取るかはその人それぞれですね
私は言葉をそのまま「見守って下さい」と感じました
kakasiさんとは受け止め方が違いますが、そう受け止める人もいるのだと理解しました
終戦記念日や昨年の4/11のお楽しみ会とはどのようなことを指しているのでしょうか
週刊誌ネタでしょうか
ブータン国王夫妻への挨拶をせずに学習院には付き添ったことの真相は私はわかりませんが、雅子さまが公務をするしないはどのように判断されているかによっても意見が分かれるように思います
公務を行なうかどうかは雅子さまの体調を考慮して判断されているように思うのですが、だとすれば雅子さま本人がしたい・したくないではなく、医師などの判断によるのではないかと思います
どこかの記事でも書いたと思うのですが、雅子さまが愛子さまに付き添うのは、愛子さまの不登校問題解決のためでもあるでしょうけれど、同時に雅子さまが精神的な元気を取り戻すためでもあると思います
皇太子さまの言葉にもありましたが、雅子さまは自信をなくしてしまったことから精神的に参ってしまったのではないかと私は思っており、それは皇太子妃としての大きな役割のひとつであるお世継ぎを設けることを果たせないで悩んでいたことにあるのではないかと思っています
雅子さまが愛子さまの不登校問題に取り組み、そのことによって愛子さまの不登校問題が解決すれば、雅子さまは自分自身に自信を取り戻すきっかけになるのではないでしょうか
そのように考えれば、学習院に付き添うことが医師の判断によってGOサインが出るのも自然だと私は思っています

あなたが雅子さまに思いやれないのならそれはそれで仕方がないと思います
思いやる・いたわるという気持ちはそうしなさいと言われてすることではありません
自発的になされるべきことだと思います
私はただ、他の方の悩みや苦労を感じとることができるのであれば、同様に雅子さまを思いやることもできるのではないかと思ったまでです
あなたがそうできないのら、仕方がありません

「何もかも承知で皇室に入り、皇太子妃になったのだから」という言葉も批判派からよく聞かれる言葉です
一理あるとは思いますが、冷たい言葉だと感じます
苦労することは雅子さまもわかっていたはずです
そのための努力が必要なことも承知だったと思います
でも、子供だけは努力だけでどうにかできるものではありません
にもかかわらず、それを求め続けられる…努力していてもなかなか授からないのだとしたら、どれほどつらいことかと思います
あなたが女性かどうか、お子さんがいらっしゃるのかどうかもわかりませんが、自分が子供ができにくい体かどうか結婚前にわかっている人ってそういないと思います
たいていの人は、結婚して、そのうち子供ができて…って思っているんですよね
雅子さまも皇室に入って皇太子妃の役割としてお世継ぎを設けることも当然わかっていたけれど、まさかこれほど苦労するとは思っていなかったんじゃないでしょうか
そのことを「それなら皇太子妃にならなければよかった」という言葉で片付けるのはどうかと思います

これもどこかの記事で触れましたが、雅子さまの幸せを真剣に思っての決断であるなら、私は雅子さまが皇室を去る若しくは皇太子妃の座を降りるという選択もあるのではないかと思います
ただ、それは「役割を果たせないから」と役を下ろすようなやり方であってはならないと思います
雅子さまの幸せを心から願い、そうすることをご本人や皇太子さま・愛子さまも望むのであれば、の話です

雅子さまが精神的な病いを患うことになったのは皇太子妃という立場についたからであるとは思いますが、それは雅子さまだったからそうなったのではなく、どんな方でもお世継ぎを授かれずにひたすら悩み続けていたら同じような状態になってしまっていたように思います
皇位継承問題は雅子さまにお世継ぎが生まれないことで浮上しましたが、昭和天皇が一夫一婦制を取ったこと・他の宮家にも男子が誕生していないこと・それに対する危機感を宮内庁も皇室も予感仕切れなかったことにも原因があります
雅子さまだけの責任ではないと思います

それから、今回新しい記事にコメントしていただきましたが、今回のコメントはこの記事の内容に触れたものではありませんし、私がコメント返信したことに対しての再コメントですので、該当の記事にコメントしていただいたほうがわかりやすいのではないかと思います
今後はそうしていただけるとありがたいです
真正の鬱病経験者さんへ
コメントありがとうございます
重症の鬱病で苦しんだとのこと、たいへんな日々を過ごされたのですね
何度も自殺を考えたり、生きる意欲を失い、死ぬことが最大の望みと感じて生きることがどれほどつらいことか、私には想像がつきませんが、私にはわからないたいへんな苦労があったのだと思います
今は平常な日常が送れているのですね
それに至るまでにはあなたの大きな努力があったからなのだと思います
あなたが何度も自殺を考えたり、生きる意欲を失い、死ぬことが最大の望みと感じていた状態から、うつ病を治すには自分が心から治りたいという強い「信念」を持つことであると気づくに至った過程には、どのような思いや出来事があったのですか
現代には精神的な病いを患っている人がたくさんいます
そういう方たちはみな治りたいと思っていると思うのですが、あなたと同様に何度も自殺を考えたり、生きる意欲を失い、死ぬことが最大の望みと感じるばかりで、なかなか前向きになれずに苦しんでいるように思います
あなたが自分が心から治りたいという強い「信念」を持たなければならないと思うようになったきっかけや、そのために具体的にどのような行動をしたのか、それをヒントに多くの方々が病いから立ち直させる手助けになるのではないでしょうか
精神的な病いに限らず、病いに甘えず、闘うのではなく、上手につきあっていく・上手にコントロールしていくという話は聞いたことがあります
そうは言ってもなかなかそうできずに苦しんでいる方が多いように思います
あなたがどのように病いと向き合い、立ち直ることができたのかを私自身も学びたいと思います
精神的な病いに苦しんでいる人たちは、立ち直れないでいる自分への自己嫌悪に陥り、自信をなくしていることが多いですよね
そういう方たちに対し「甘えている」「自ら治そうという意欲がない」「身勝手だ」「愚弄している」などと言うことは、私はとても酷なことだと思いますし、それよりもむしろあなたの体験談がそういった人たちを救うことにもなるように思います
あなた自身、夫と子は助けにならなかったとのことですが、理解してもらえなかったということなのでしょうか
あなたが病気で苦しんでいるのを「甘えている」「自ら治そうという意欲がない」「身勝手だ」「愚弄している」と思われていると感じた…そういうことなのでしょうか
私は精神的な病いのいちばんの問題は、周囲から病いとは受け止められず、たんなるなまけやわがままだと思われてしまうことにあると思います
もちろん周囲の支えや理解だけでは治せないのだと思います
あなたがおっしゃるように自分自身の気持ちを強く持ち、「治りたい」と思うことは大切なのだと思います
それでも、そう思うためにはまわりの理解が必要だと思いますし、不可欠でないにしても快復に大きな助けとなるように思います

また、精神的な病いにもいろいろあります
むらの精神状態の方もあれば、ずっと鬱状態が続く方もいるのではないでしょうか
また、程度も人によりさまざまだと思います
環境にもよりますし、「隣の芝生は青い」ように他人のほうが恵まれているように見えても、実はそうでもないこともあると思います
精神的な病いも今は症状が多様化しているように思いますし、症状も治療方法もその過程も一口に言い切ることはできないのではないでしょうか

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