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東宮のこれからについて

2011/11/20 Sun 07:07

どなただったか覚えていないのですが、以前「過去のことを書くよりも現在のことについて書くべきでは?」と言われたことがありました
たしかにそうだなとも思ったのですが、過去のことも取り上げたいし、現在のことを書きはじめると過去について書けなくなってしまいそうな気がして、私は時系列で追って行こうと思ったのですが、最近は少し気持ちが変わってきました

先日天皇陛下が入院し、「大事をとっての入院」という話だったのに症状が悪化して退院が延期になるなど、天皇陛下が高齢となり、これまでのように公務をこなすのが困難になっているのだということを実感しました
天皇陛下が入院しているあいだ、皇太子さまが名代として公務を行なうことが増えています
それを見て、東宮の現在の状況とこれからについて考えて行かなければならないのではないかと思うようになりました

現在雅子さまは十分に公務が行なえておらず、そのことが批判対象になっています
静養に入ってずいぶんになりますし、「いつになったらきちんと公務ができるのか」という苛立ちに似た批判が続き、今はそれを超えた批判が展開されているように思います
私自身も雅子さまが適応障がいから回復して以前のように公務を行なえるようになってほしいと思い、雅子さまの回復の時期を待っていました
皇后になればこれまで以上に重要な公務を行なうことになるし、皇太子さまが天皇になるまでに回復の目処が立たなければまずいのではないかと思っていました
けれど、この頃雅子さまは回復するのだろうかと思うことがあります
私は精神的な病いについて詳しいわけではないのですが、自分が知っている限りで言えば、精神的な病いを患った人で完全に回復した人を知らないのです
症状が軽くなったという人がいても、悪化しないようにさまざまな配慮をしたり、ときには悪化してしまってたいへんな思いをしていたり、一度このような病いを患ってしまったら、完全回復するというのは難しいのではないか…そう思うようになりました
言ってみれば、精神的な病いといかに上手につきあっていくかを考え、完全な回復を目指してはいないように感じるのです
私は雅子さまがこのような状態になってしまった背景には、お世継ぎ問題の大きなプレッシャーがあったのだと思っています
そのプレッシャーを感じつつもなかなかこどもに恵まれなかった…やっと愛子さまを授かってもお世継ぎとなる男子ではなかったことからさらなるプレッシャーを感じ続けたことが雅子さまを精神的に追いつめてしまったのだと思います
そのプレッシャーから解放されることなく、今はお世継ぎを生むことができなかったという責任から精神的に参ってしまっているように感じます
もはやお世継ぎ問題のプレッシャーをなくしたとしても、その他の病いの原因となった事柄がすべて排除されたとしても、雅子さまが完全回復することは難しいのではないか…そういう段階まで来てしまっているのではないかと思うようになりました

皇太子妃という立場でもこれだけの批判が上がっている状態ですし、これで皇后になったらますます批判が高まってしまうのではないか…そんな思いがあります
宮内庁や他の皇族・天皇皇后らがこの問題に対し、親身になって考え、雅子さまが皇后になって十分に公務が行なえないとしても、どうにかやっていく方法を考え、天皇となった皇太子さまを支えて行ってくれればいいのですが、関係者のさまざまな言動を見ていると、皇室内にも宮内庁内にも東宮に対する批判的な空気が流れているように感じ、ますます批判対象になってしまうであろうことは容易に想像できます

公務のできない雅子さまに対し、皇室から出たほうがいいだとか、一宮家に降格するべきなどの意見もありますが、もし本当に雅子さま・皇太子一家のことを思いやった上でそうしたほうがいいと思うのであれば、私もそれもひとつの道ではないかと思うことがあります
しかし、今の状態でそのようなことが起こるとするなら、雅子さまや皇太子さま、愛子さまがどのような思いをするのかが心配になります
もしご本人たちもそうしたいと思っていて、宮内庁や皇室もそうすることが東宮一家の幸せだと心から思いやっているのなら話は別ですが、残念ながらそうではないような気がします

それではどうすればよいのか…これは考えても考えてもわからないままです
雅子さま一人が皇室を出るというのはあまりにも酷だと思います
皇太子一家を引き離すようなことはあってはならないと思います
しかしながら、生まれながらに皇族である皇太子さま・愛子さまが皇室から出ることなど不可能ではないでしょうか
少なくとも皇太子さまは「皇太子」という立場であり、立太子の礼を受けている身ですし、今回の天皇陛下の入院があって、そういう立場であることがより明らかとなっています
そう考えれば、皇室を出るという選択はあり得ないと思います
それに一家で皇室を出たとして、皇太子さまと雅子さまは隠居生活のようなこともできるかもしれませんが、愛子さまはそうは行きませんし、社会に出て行かねばならないでしょうし、そうなった場合皇室にいたときのような警備もなく、保護もされずではメディアの格好のターゲットとして晒され続けてしまうことにもなるのではないでしょうか

一宮家に降格する…これについては皇室を出るという選択よりもより実現しやすいことではないかと感じます
ただ、これも手放しで良い方法とは言えず、もしそうなるとするならば、やはり皇太子一家を思いやっての行動でなければならないと思います
一宮家に降格するということは、皇太子さまが天皇にはならず、秋篠宮さまに譲位するということになりますが、こうなることに対し、雅子さまが自分がそうさせてしまったという責任を感じてしまいすぎないかということが気になります
もしそうなのだとしたら、雅子さまは一宮家に降格したとしても責任を感じ続け、病いからの回復から遠のいてしまうことになりかねません
その点から考えると、宮家に降格するという選択がよいとは言えずにいます

雅子さまが皇后になるということが今の段階では成り行きとして待っているわけですが、今の雅子さまへの批判を見ていると、皇后になってから批判がますます高まるであろうことは想像できますし、そうなったとしたら、ますます苦しい立場に置かれてしまうことにもなるかもしれません
皇后という位置づけがどの程度のものなのか、はっきりと認識しているわけではありませんが、例えば今回天皇陛下が入院しているあいだの公務は皇太子さまが名代となり行なうと言ったように、皇后はあくまでも天皇の補佐的存在であり、名代になるわけでないのですから、皇后次第で天皇がどうこうなるというわけではないのではないかと思うのですが、どうなんでしょうかね
皇后が公務を行なえない場合、天皇のときのように名代が立つわけではないでしょうし、そのことが批判されるされないは別として、制度上は問題ないのかもしれません
ただ、それを国民が見守ることができるか…それが懸念されます
大方の国民は「どうなのかしら」と思いつつも批判したり行動に出たりせずに「見守る」ことができるのではないかと思いますが、そうではない人たちが増しているのは事実だと思います
これまで見て来た雅子さまに対する数々の批判からもわかりますが、とにかく批判できることは何でもかんでも批判対象にしてしまえという状態ですし、雅子さまが皇后になればその勢いがますます増してしまうようにも思いますし、それの盾となるはずの皇室や宮内庁がその役割を果たせるのかも疑問ですし、こちらの道もまた手放しでよいとは言えないでいます

雅子さまはたしかに公務が十分に行なえていません
しかし、そうなってしまったのはどうしてなのか…それを考えてほしいと思います
女性なら子供がなかなか授からないつらさ・苦しみはわかるでしょう
自分が子供が授からないことに悩んでいるときに、夫の両親から催促されるようなことを言われたらどんな思いになるか…まわりの人から「まだなの?」と言われたらどんな気持ちになるか…想像してみてほしいと思います
そんな思いをしてやっと授かった命…普通ならこの命を大切にしていこうと思って行きたいところなのに、国民は「次は男の子を」と期待していました
もちろん宮内庁だって皇族たちだってそうだったはずです
そんな状況に置かれたらどんな気持ちになるか…想像してほしいと思います
そんなつらい思いをしながらも国民には笑顔で手を振らねばならない…自分が語ってもいないことが想像に想像を重ね尾ひれがついて記事になる…それに反論することもできない…そういう状態に置かれたら精神的に参ってしまわないほうがおかしいと思います
雅子さまの問題は皇室だけの問題ではなく、同じような立場になりうる一人一人の問題でもあると思います
雅子さまの立場を思いはかることなく、お世継ぎを期待してしまったり、適応障がいからの完全回復を求めてしまったことを雅子さまの立場になって考えてみてほしいと思います
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皇室について。 | コメント(9) | トラックバック(0)
コメント
説明が欲しい
天皇陛下の入院という事態でさまざまのことが国民に宿題として出された感じがしていました。
管理人さんがこの時期にこういう記事を書かれたことはとてもタイムリーだと思いました。

雅子妃殿下が精神疾患になられた原因は、私も管理人さんと同じように考えています。
発病当初は妃殿下の境遇に共感する人も多かったように思うのですが、この頃少し様子が変わってきたようにも感じています。長期になってしまった静養と相次ぐ週刊誌のバッシング記事などで、静かに見守ろうという人たちの気持の中に変化が生じてきている印象があります。

ここで裁判を例に挙げるのが適当かどうか迷いますが、他に思いつかないのでご容赦ください。裁判では検察側と弁護側がそれぞれの立場で論戦を繰り広げますが、今の妃殿下バッシングは、自分が一方的な意見だけを聞かされる立場の裁判員になったような感じがしてなりません。

妃殿下の病状や治療方針などの医学的説明(守秘義務もあるでしょうからどこまでどう説明が可能なのかは分かりませんが)と、宮内庁のサポート態勢など国民を信頼して発表して欲しいと思います。

東宮のこれからということについては、私はご本人たちの意思を尊重して差し上げたいと思っていますが、果たしてご本人の意思というのがどこまで叶えられるのか皆目見当もつきません。
No title
私もそのように思います。
本当に本当に大変なお立場ですよね。
人間って批判は簡単にするけれども批判されるのはめっぽう弱いですよね。

一ついえるのは皇太子さま自体は雅子さまと結婚されたことで初めて個をもてたといえますよね。それまでは全てが公で、結婚して初めて個の幸せをえられたと思います。
また皇太子さまがなかなか結婚おできにならなかったかのは、あまりにも重荷で誰もなりたくなかったからというのもあったと思います。
ですから雅子さまが結婚されたことを頭から否定はできないと思います。皇太子さまが好きになられた方ですから。

公のお立場が大きすぎて、ただの家庭のゴタゴタではないというところが辛いですね。
一般家庭ならどこでもありそうな問題なのですが。

私達にできるのは雅子さまのお心が晴れるよう祈るだけでしょうか。


秋海棠さんへ
コメントありがとうございます
どういうわけかコメント返信できないので、記事としてアップしました
http://diarydaily.blog93.fc2.com/blog-entry-283.html

コメントが長過ぎたんでしょうか…
「不正なコメントと判断されました」なんて出てしまいました
ほわいとさんへ
コメントありがとうございます
たしかにおっしゃるとおりですよね
私自身、子供の頃から「皇室に入ったらたいへん」という思いがあった気がします
今は単にたいへんなだけではなく、さまざまな人から観察され批判され…という状態を感じています
皇族は批判されてもなかなか反論できないということもつらいところですよね
どこかの記事にも書いたのですが、子供のことや精神的な病いのことなど、一般市民の私たちにとってはかなりプライベートなことで、ごく親しい人にしか話さないような内容ですが、皇太子夫妻にとってはもっともプライベートなことが同時に公的な注目も集めてしまうわけで、どう対処して行くべきなのか、ご本人も相当悩まれているのではないかと思います
さまざまな批判が繰り広げられる中で感じるのは、やはり思いやる気持ちの欠如です
自分の立場に置き換えて思いはかってほしい…そう思います
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
反論できない子供を叩いたのは
>皇族は批判されてもなかなか反論できない

一般人の子供を名指しに近い形で批判したのは無かったことにするんですか?
「乱暴男児」と事実関係も確認せずメディアに一方的に吊るし上げ。
東園理事が会見で否定なさったからよかったけれど。

管理人さんの仰る「自分の立場に置き換えて」は東宮様にこそやっていただきたいですよ。
権力でもって8歳の子供をメディアリンチにかけたのですから。
東宮批判の流れは当然で、擁護をされる方々の想像力欠如に呆れかえりますね。
海松子びっちさんへ
コメントありがとうございます
まるで皇太子さまや雅子さまが一般人の子供を名指しで批判したかの言いようですが、週刊誌やメディアが想像して述べていることがごっちゃになっているような気がします
たしかに、愛子さまの不登校の原因に複数の男子生徒が関わっているということが伝えられましたが、批判したり責め立てたわけではないと思います
そう受け止めたメディアがそう書き立て、それを読んだ人たちがそうだと思ってしまった…そんな気がするのですけどね…
批判派の方たちはどうも自分の都合の言いようにメディアの情報を解釈するきらいがあるように思います
愛子さまの不登校のことが発表されたとき、正直に言えば発表しなくてもよかったのではないかと思いました
そこをなぜ発表したのか…私なりにいろいろ考えてみましたが、ひとつの理由は遅かれ早かれメディアが嗅ぎつけて「スクープ」として書き立てるのでしょうし、それならこちらからきちんと発表したほうがいいと思ったというものではないかと思います
後手後手になるのを避けた、という感じでしょうか
他にも理由があるとは思い、100%納得の行く理由を思いつけずにいるのも事実ですが、関わった生徒を批判することを目的として発表したのではないと私は思います
結果的にメディアが犯人探しのような取材をして、関わったであろう男子生徒も被害を受けてしまったのかもしれません
そのことに対しては残念に思いますし、いじめに関わったとされる子供を責めるのではなく、どうしてそうなったのか、そうされたらどういう気持ちになるかなど、話し合いの場を設け、これからどうしていったよいのかを一緒に考え、その子供の気持ちを汲み取り、解決の道をたどって行くのが本来のやり方ではなかったかと思います
愛子さまが皇族である以上、このような状況になってしまうことは仕方がないと思うものの、もう少しまわりの大人が配慮できないものかという思いはあります
メディアから提供される尾ひれのついた情報を受け止める側も、もう少し冷静になってほしいと思います

東宮を擁護される方々の想像力欠如に呆れかえるとのことですが、それはきっと、東宮批判をする人たちが雅子さまの置かれている立場がどのようなものであるかを想像する力を欠如しているであろうことに私が呆れているのと同じ心境なのかもしれませんね
その「批判を受けた」一般人の子供をそこまで思いやることができるのに、なぜ雅子さまや愛子さまのことを思いやることができないのか…不思議に思います
たとえばあなたが日頃からいじめ問題・不登校問題に取り組み、それなりに勉強し、それなりの活動を行っているのなら、このように熱くコメントしてくるのも納得できますが、もしそうでないのだとしたら、一見批判を受けた一般人の子供を思いやり、正論を述べているように見えても、それは単に雅子さまを批判するための材料として利用しているだけのことで、それこそその一般人の子供に失礼な話だと思います
水俣病の問題でも同じことを感じました
公害の問題に日頃から尽力している人が言うのならまだしも、そうではないにもかかわらず、雅子さまを批判するための材料として正義を振りかざし、水俣病の人たちを擁護する姿勢を見せ、雅子さまを批判しているだけです
本当に被害に遭った人を思いやって怒りを覚えているのではなく、自分の意見を正論づけるために利用しているだけのように思います
それでも雅子さんは皇室を出るべき
その方がすべてが丸く収まるのではないでしょうか? 

国民の憤懣、学習院の子供たちへの悪影響、皇室の日程や行事・祭祀などすべてを調整管理のつかさどりをしている宮内庁の職員の苦労、「働くなくても精神の病気ならのうのうと暮らせる」というロールモデルを皇太子妃が演じている状況などをかんがみるに、

雅子さまがこのままでは、この国の人々に マイナスしか与えませんよね。

ケネディの大統領の就任演説にあったように、
国と一個人の存在が拮抗関係にあるとき、出所進退の選択の問題をちゃんと考えませんか?

雅子さまのために国が在るのではなく、国のために雅子さまが在る、そういうお気持ちで 雅子さまと小和田家の人々が潔く、身を引くのが美しいと私は考えます。

多くの人さまにストレスを与える存在ではありたくありません。
staightさんへ
コメントありがとうございます
「働くなくても精神の病気ならのうのうと暮らせる」という記述はいかがかと思います
精神的な病いに対する理解のない人の意見という感じがします
また、大統領と皇太子妃ではあまりにも立場が違います
言ってみれば皇太子妃や皇太子・天皇という立場は本人がやめたいと思ったとしてもやめられるものではないのではないでしょうか
私は雅子さまが今のような状態であることを「よい」とは思っていませんが、雅子さまのような世間から注目を集めている人が精神的な病いとなり、世の中にいる多くの精神的な病気と闘っている人たちへの理解がより深まることになればよいと思うし、雅子さまの抱えているさまざまな問題を「皇室の問題」としてではなく、私たちにも起こりうる問題として受け止め、考えて行けたらと思います

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