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12月9日、雅子さまが誕生日に際し、感想文書が発表されました
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/gokanso-h23hn.html

これを読んで気になったところについて述べたいと思います
雅子さまは愛子さまの学校への付き添いについて「与えられた状況の中で唯一取れる可能性として続けてきたもの」と述べています
また山中湖での校外学習に同伴したことについて、「先生方のご配慮をいただき,私が少し離れて付き添う形」だったの述べています
これらのことは週刊誌などで問題視されてきたことであり、私もどういった状況でそのような行為となったのかについては「どうなのだろう…」と思っていましたが、今回の雅子さまの発言で「なるほど、そういうことだったのか」と思ったところです
愛子さまの付き添いについて、週刊誌などでは雅子さまが執拗に付き添いをし続けているといったような書き方がなされていましたが、これが唯一取れる方法であったのだとすれば、付き添いにも納得が行くように感じました
愛子さまが皇族であるが故に、雅子さまが付き添っただの、何時限目から授業に出席しただのと逐一発表されてしまうのですが、一般の生徒で不登校問題を抱えている場合はどのような対処をしているのしょうか
もし雅子さまがしたのと同じように、保護者が付き添い、時間が短くても学校に行って過ごすということに重きを置くという対策が行なわれており、それが功を奏しているのだとすれば、雅子さまだけに批判が向くのはおかしなことですよね
私は不登校問題の問題を抱えている子を直接は知らないし、具体的にどのようにしているのかはわかりませんが、やはり保護者と学校が話し合い協力して子供が学校に行かないことを日常化させないようにしていくことが大切なのではないかと思います
となれば、保護者の付き添いなどがあって子供が学校に行こうという思いになるのなら、それも有りなのではないか、と思うのですが、どうでしょうか
実際愛子さまは最近毎日学校に通い、雅子さまの付き添いも減ってきているとのことですから、雅子さまの付き添いもそれなりの成果をあげたとは言えると思います
校外学習への付き添いも、愛子さまから常に見えるような形での付き添いならいかがなものかと思っていましたが、離れて正に「見守る」という形での付き添いであったのなら、私はOKだと思います

私が気になったのは、こうした事柄が雅子さまの感想文書で明らかになっている点です
マスコミが雅子さまの付き添いについてあれこれ批判しているのなら、宮内庁なり東宮職員なりがきちんと説明し、スポークスマン的な役割を果たすのが本来の形ではないかと思うのですが、きちんとした形で説明されていないように思います
単に私が見落としているだけならいいのですが、宮内庁が行なっている皇室関連報道についてのページにも上がってきていませんし、こういう点が「説明不足」であり、心ない報道が蔓延しているのもあって、東宮への批判を加速することになっているのではないかと感じました
もうひとつは、もしかしたら雅子さまは週刊誌などの数々の雅子さま批判を実際に目にしているのではないか…ということ…
だから雅子さまから「そうではないんです、こういうわけだったんです」という感想が出てくるのではないかしら…そう思ったのですが、どうなのでしょうね
私でも2ちゃんねるの類いの批判を見ると気分が悪くなりますから、ご本人が読んだりしたら相当嫌な気持ちになると思います
最近はそうでもないですが、以前は私もあちこちのサイトにあることないこと書かれていましたから、心ない報道をされる側の気持ちも少しはわかるつもりです
精神的な病いを患っているときにそのような心ない記事を見たら、相当に精神的ダメージを受けるように思います
雅子さまの目には触れないようにまわりの人が配慮してほしいと思う一方で、心ない報道をやめてほしいとも思います

雅子さまの感想と合わせて、東宮職医師団の見解も発表されました
今回医師団は最近のマスコミ報道について「週刊誌を中心として、ご病気に苦しまれながらもさまざまなご活動に懸命に取り組んでいらっしゃる妃殿下のご努力を否定するかのような、悪意ともとれる誤った情報に基づく報道」がなされていると述べ、また「心のケアが重要な社会的課題になっているなか、このような心ない報道が平然と繰り返されている現状に、東宮職医師団は専門家として憤りを覚える」と述べています
ニュースによれば東宮職医師団がマスコミ報道についてこのように述べたのは異例のことなのだとか…
思うのですが…精神的な病いを専門とする医師でありながら、雅子さまを批判するような見解を示している人はいるのでしょうか
もしいるのだとしたら是非話を聞いてみたいですね
私の知る限り、専門家で雅子さまを批判する人は知りません
とすれば、専門的な知識を持っている人は、雅子さまがどういう状況であるのか・適応障がいを始めとする精神的な病いがどのようなものであるのか・その治療のためには何が必要なのかなどを理解しているということではないでしょうか
だとすれば、雅子さまを仮病だと批判する人は精神的な病いを理解していないが故に批判的な見方をしているということになるように思います

私自身、精神的な病いが具体的にどういうものかについて、多少は知っていても実感としてはわからないし、きちんとした理解ができているとは言えない状態です
それでも…自分にはわからないたいへんさ・つらさがあるのだろう…そう理解しています
これまで何度か東宮職医師団が雅子さまの病状についての見解を発表していますが、それをそのまま受け入れて理解をすれば、快復にはまわりの協力・理解がたいへん重要であることや、長い時間がかかるのだと理解できるのではないでしょうか
私にはこの医師団の見解がすんなりと心に入ってきたのですが、雅子さま批判をしている人たちからは「またか」「いつになったら治るのだ」といった感想が出てくるだけのでしょうね

雅子さまがいつになったら快復するのか…これは私もずっと考えてきたことです
でも最近は以前のように完全に戻るということは難しいのではないか…と思っています
精神的な病いって一度かかってしまうと完全に治すことができないんじゃないでしょうか
体調や環境を整え、常に気をつけていないといつその症状が出るかもわからない…そんな感じなのかもしれません
だとしたら…完治することを目的とせず、病いと上手につきあっていくことを考えて行ったほうがいいようにも思います
そのためには、まわりの理解と協力が不可欠ですよね
公務をするにしても、雅子さまの体調や精神状態を考慮し、時間を短くするなり日程を調節するなりし、少しでも公務を行なって雅子さまに自信をつけてもらうことが大切だと思います
そんなことは私が言わなくてもすでになされているとは思うのですが、そういった試行錯誤が何かとマスコミの批判材料にされてしまっているように思います

雅子さまに対する報道や批判を見ていると、日本はまだまだ精神的な病いに対する理解が乏しいと感じます
自分自身の問題として、雅子さまの立場を自分に置き換えて、思いやってほしい…そう思います
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皇室について。 | コメント(12) | トラックバック(0)
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左右のマスコミ
週刊誌の殆どは左なので皇室と自民党を叩きます。フジ産経と日テレ読売は右で皇室擁護です。
これまで、宮内庁勤務の方々と皇室日記のスタッフから話を聞いた事があります。皆、雅子様に同情しています。
外交官であり続けたい雅子様に皇室での外交を薦めた多くの人々。ところが、実際には外交はダメ、あれもダメ、これもダメと追い込まれました。
震災後に被災地に慰問された時は本当に遣り甲斐を感じられていたそうです。皇太子様は雅子様を守れなかったと言われています。
数年前から離婚問題も持ちあがっています。愛子様がわかるようになったら、どんなに心を痛めるかと思ったものです。今、雅子様が付き添われているのはこれが原因だと推察しています。離婚したら一緒には暮らせませんから。
No title
医師団の見解文が本当に医師の書いた文かどうかもわからないとは考えられませんか?
No title
初めまして。初めてのコメントでこんなことを申し訳ないのですがあなたのおっしゃる事は随分雅子さんにとって都合のいい甘えた言い分だと私には思えます。

もう9年です。雅子さんに関してはどうして正式な医者の診断発表がなされないのですかね。他の皇族方は発表されて国民の理解を得ようとなされますよね。

犬のお手振り、終戦記念日や4月11日のお楽しみ会、最近ではブータン国王にごあいさつはできなくても学習院には行く、天皇陛下のお見舞いは風邪引きのため行かなくても他の子供には風邪をうつす可能性がありながら学習院には行く。
 ご自分ばかり一生懸命な母親をアピールしますが一般の母親はもっと複雑な事情をかかえながら(親の介護、自分の仕事、金銭的な不安)やってますよ。もちろん立場的なプレッシャーは相当おありなのでしょう。でも立場であるからの恩恵もかなりおありではないですか。
 いいかげんうんざりしてきています。それは現状を何ひとつ変えられない皇太子殿下に対しても同じです。

 そろそろ震災や増税で受難の苦しみを味わっている国民に自分の理解ばかりを何年も押し付けるのは止めて頂き、反対に国民の苦しみを分かち合おうとしてくださる本来の皇室の妃殿下であられるのを理解されたらいいのではないですか。病気を言い訳にされて出来ないと言われるなら正式な医者の病名発表会見と責任を持てない立場からの降格を決断したらいいでしょう。
雅子様の御病気
掲示板やマスコミの批判は私自身も悲しくなります。私もキャリアウーマンから働きすぎで鬱とパニック障害になり今年の秋に8年の歳月をかけて完治致しました。私の場合はマスコミの目もありませんし、ただ御近所に散々救急車を呼んで御迷惑をおかけ致しましたが入退院を繰り返しながらの回復でした。精神病は目に見えるものは僅かで見えないものが多いです。マスコミや国民の目があるならば完治もしにくいでしょう。大好きなお国に行かれて私的には英国のロンドン大学付属病院が良いかと思われますが長引かせるより日本から離れて短い時間で完治させて差し上げたいですね。
通りすがりさんへ
コメントありがとうございます
週刊誌のほとんどが左でフジ産経と日テレ読売は右というのは私の実感としてはよくわからないのですが、それなりに思いがあって週刊誌やら新聞を発行しているのでしょうから、そういった特徴があっても不思議ではないと思います
でも、皇室を尊敬する人の中に「東宮批判派」が存在していると感じるし、単に右寄り・左寄りではなくなってきているように私は感じています
婚約会見にもあったように、雅子さまは皇室外交という役目にも魅力を感じ、もちろんこれだけで結婚を決めたわけではないでしょうけど、そこに自分自身を役立てることができるとやりがいを感じていたのでしょうね
ある精神科(だったと思うのですが)の医師が、雅子さまが被災地に慰問に訪れることが病気の回復につながると述べていたのを読んだことがあります
もしそうならば、慰問を続けてほしいと思うし、そうできるための環境づくりを宮内庁や皇室にしてもらいたいと思います
皇太子夫妻の離婚については、まわりがどうこう言うことではないと思いますが、皇太子・皇太子妃という立場にいる以上、いろいろ言われてしまうのでしょうね
以前は、皇太子さまが雅子さまと離婚して他の女性と再婚すればお世継ぎも望める云々と書かれていたように記憶しています
近代になっても、いくら伝統を継承する皇室であろうとも、女性を単なる「生む道具」的なものと捉えられていることが私にはひどく時代錯誤に思えてなりません
愛子さまの付き添いについてもさまざまに言われていますが、学習院と話し合った上で、また愛子さまの希望もあった上で、雅子さまが元気を取り戻すために必要なものだと私は理解しています
愛子さまのことを考えると、雅子さまの快復のために必要以上の付き添いが行なわれているのでは…という思いもあるのですが、愛子さまが着実に通常の学校生活に戻って行っていることを踏まえれば、過剰な付き添いでとも言えないのではないかと思います
またご意見お聞かせください
名無しさんへ
http://diarydaily.blog93.fc2.com/blog-entry-286.html#comment1104に対する返信です

コメントありがとうございます

> 医師団の見解文が本当に医師の書いた文かどうかもわからないとは考えられませんか?

そう思われる所以は何でしょうか
もちろん私は医師がこの文章を書いているところを目の当たりにしたわけではないですから、100%医師が書いたものだとは言えませんけれど、宮内庁が東宮医師団の文章として発表しているわけですから、これは医師が書いたものと捉えるのが自然なのではないかと思います
医師が書いたのでなければ誰が書いたのだとお思いですか
皇室についてはあまり情報がないために何かと想像を巡らせる必要がありますが、あまりに行き過ぎるのもどうかと思います
kakasiさんへ
コメントありがとうございます
雅子さまの正式な診断名が発表されないのは、雅子さまに対する批判を見てもわかるように、日本はまだまだ精神的な病いに対する理解が十分でないからではないかと私は思います
静養に入られて長い年月が経ちますし、症状が慢性化・長期化していますから、うつ病のようなものではないかと私も思うことがありますが、そういった診断名を発表するには宮内庁も皇室もためらいがあるのではないでしょうか
精神的な病いの診断名が与える衝撃を考えるとあえて発表しないという選択もあるのかもしれません
でも、多くの方が精神的な病いに悩んでいるこの時代ですから、皇族の方も同じように苦しんでいるのだとわかれば、結果的に精神的な病いに対する理解が深まり、偏見や誤った解釈が減っていくことを助けることにもなるのではないかと思います
あくまで私の想像ですから実際のところはどうかはわかりませんけれど…
他の皇族方は発表されているとのことですが、精神的な病いの方は他にいらっしゃったでしょうか…

風邪を引いているときに病院にお見舞いに行かないのはごく当然のことだと思いますよ
愛子さまの付き添いだって、雅子さまが風邪を引いているときにしていたという発表がありましたっけ?
もししていたとしても、付き添いって学校まで送っていっただけだとか、生徒が行き来する場所に雅子さまも立ち入っていたわけではなければ問題ないのではないかと私は思いますが…

ご自身もさまざまな苦しみや不安を抱えての生活でしたら、苦しみの種は違えども、そういう不安を抱えて生活することがどれほどつらいか、共感できるのではないかと思います
雅子さまはたしかに皇太子妃という立場にいて、それが故のプレッシャーもあるでしょうし、それが故の恩恵も受けていると思います
一般の母親で親の介護や仕事・金銭面で不安を抱えることはあっても、そのことを大勢の人からやいのやいの言われるということはないでし、注目を受けることもないですよね
一概に比較はできませんが、どちらにも同じだけの恵まれている面・恵まれていない面があるのではないでしょうか
熊猫さんへ
コメントありがとうございます
熊猫さんは鬱とパニック障がいを経験されたのですね
完治したとのこと…ほんとうによかったです
私は精神的な病いは完治しないのではないかと思っていたのですが、そうではないとわかり、少し希望が湧いてきました
一般の方でも8年の歳月がかかったのですね…私たちは医者にかかればすぐに治る・効果が出ると思いがちですが、精神的な病いは少なくとも長期的な療養が必要であり、その期間は人によってさまざまでしょうし、雅子さまのように常に注目を集める立場に置いてはなかなか難しいのかもしれません

熊猫さんのようにご自身も病いに苦しんだ方や、精神疾患の専門家などの話を聞くと、私の想像を遥かに超える苦しみであると感じ、同時に雅子さまをあれこれ批判している人たちがいかに精神的病いの現状を理解していないかを感じます
長期的な海外静養が快復によいのなら、ぜひともそうしてもらいたいとも思う一方、雅子さまが皇室を離れることで皇室において雅子さまが「いらない存在」と見なされてしまわないかが私は心配です
それに雅子さまおひとりで海外静養というわけではなく、少なくとも愛子さまも一緒にということになるでしょうから、となるとまた話が難しくなりそうですよね
いずれにしても国民の理解が得られないと難しそうですし、宮内庁が雅子さまのことをどれだけ思いやって挙げられるかが大切だと思います
またご意見をお聞かせください
No title
コメントの回答ありがとうございます。
 日本は精神的な病に対する理解がないから発表しない。発表はしないけど見守れ。この先何年も黙って見守れですか?皇室に前例があろうがなかろうがご自分達の誠意をあらわしていただけたらいいのでは。

 他の子供に移す場所にいたかどうかわからないけど問題ないのでは?確かにどこにいたかわかりません。でも日本には「李下に冠を正さず」という諺があります。ご自分の子供は過剰に大切になさるなら他の子供さんにも過剰に配慮なさればいいのでは。

 それに私は一言も自分が苦しみや不安をかかえてるとは言ってませんよ。周りをみたら皆なにかしらをかかえて母親をやってると書いたのですが。ですからご自分だけがたいそうな事をやっていると思われていてそこに同情、共感を示さない人間がいたらそっちが悪いみたいに思われても・・・。

 終戦記念日のお楽しみ会やブータン国王が離京なさる日にごあいさつをしないで同日の昼から学習院に行った事についてはどう思われますか?
ごあいさつなさらなかったのならその日位は外出しないのが礼儀ではありませんか。

 もしそういう所が配慮できないのが病気だというならもう充分でしょう。雅子さんは頑張りました。充分努力なさったのでしょう。もうこれ以上無駄に頑張られてもこちらもつらいです。どうぞ皇太子妃の座から降りてくださっていいのではないでしょうか。多くの方が理解してくださると思いますよ。病人なんですから。ねぇ。
kakasiさんへ
コメントありがとうございます
「発表しない」「見守れ」と言った上から目線でものを言っていると捉えるのはいかがかと思います
皇太子さまの発言を見ても雅子さまの発言を見ても「見守っていただきたい」というお願いの姿勢だと私は感じます
愛子さまに対しての付き添いを過剰だと批判する人がいますが、不登校の問題を抱えた他の子たちに対し、その親御さんはどのように対処しているのかご存知なのでしょうか
少なくとも私なら、もし自分が付き添うことで子供が学校に足を向け、たとえすべての授業に出なくとも、学校に通うということを大切にすると思います
不登校問題が引きこもりや退学・休学につながることもあるでしょうから、親だったらできる限りのことをして当然だと思います
kakasiさんが苦しみや不安を抱えているわけではなく、まわりの方がそうだとのことですが、まわりの方のたいへんさをそこまで思いやれるのでしたら、雅子さまのことももう少し思いやることができるのではないかと思います
雅子さまがたいそうなことをやっているかいないか…私はたいそうなことをやっていると言っても過言ではないと思います
常に人から注目され、お世継ぎはまだかまだかと催促され、重箱の隅をつつくような批判がなされ、事実無根の批判までされる…そういう環境の中で生活をすることは私たち一般市民には想像つかないくらいたいへんなこと=「たいそうなこと」だと思います
想像がつかない・わからないとは言え、私は「私にはわからないたいへんさがあるに違いない」と想像します
雅子さまに同情・共感しないことが悪いと言っているわけではなく、何か自分が苦労をしたり、苦労している人に触れ合っても、その苦労が他の人の苦労に結びつかず、「自分はたいへんだった」「あの人はたいへんだった」と主張するばかりでは苦労した意味がないと思います

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