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皇室には長い歴史があり、その歴史を重んじることに反対ではありませんが、時代に沿って変化していくべきところは必要だと思うし、そのひとつが皇族女性にも皇位継承権を認めることだと私は思っています
皇室の長い歴史の中でも、昭和から現在にかけてはさまざまな変化がありました
昔は皇室ではとても考えられなかったことや、その変化を試みたときにも反対や懸念の声があったかもしれませんが、今はそれらは国民に受け入れられていると私は感じています
たとえば、美智子さまは乳母制度を廃止し、自分で子供を育てました
一般家庭と同じように自分の母乳で子供を育て、自分の手元に子供を置いて育てたのです
もちろん皇室だから教育係とか、公務のときに子供の面倒を見る看護士などはいただろうけれど、現在の天皇はまだ小さなうちに親とは別に暮らしていたわけで、それから考えれば、乳母制度を廃止したことは皇室にとって革命的なできごとだったと思います
それに対してきっと反対の声がなかったわけではないだろうと思います
将来天皇になる子供はそれなりの環境で育てられるべきであるという皇室の長年の考え方を持つ人は大勢いたのではないでしょうか
しかし美智子さま以降に結婚された皇族は(たぶん…少なくとも雅子さまと紀子さまは)みな自分で子供を育てているし、そのようなやり方は現在受け入れられていると思います
それから、昭和天皇のときから側室を置かなくなりました
これが昭和天皇の意思だけによるものだったのかどうかはわかりませんが、いずれにしても昭和天皇が良子さまだけを妻としてそばに置いていたのは事実だし、それ以降皇室では側室を設けてはいません
良子さまはなかなか男子に恵まれず、女の子を4人授かったのちにやっと男子に恵まれたので、男子が生まれる前は「女腹」と言われていたそうです
男子に恵まれないことを心配して、側室を置いてはどうかという意見もあったということを本で読んだこともあります
結果的に良子さまは5人目に男子を授かったわけで、良子さまひとりをそばに置いた昭和天皇は現在はいい印象として受け入れられているし、皇室でも一般家庭同様に一夫一婦制が定着したのだと思います
このこともまた、皇室にとって大きな変化だったと思います
もうひとつ、美智子さまが初めて民間から皇室に嫁いだことも大きな変化です
美智子さまが民間出身だということで、皇室では美智子さまを仲間はずれにしたり、さまざまな意地悪が行なわれたと聞いたことがありますし、当時は民間出身者が皇太子妃になるなんて、皇族たちにとって受け入れがたいことだったのかも知れません
最近では天皇陛下と皇后陛下が清子さまの結婚披露宴に出席しました
それまで内親王の結婚披露宴に天皇両陛下が出席することはなかったそうです
結婚披露宴の場合、通常新郎新婦がいちばん高いところに座ります
天皇陛下は常にいちばんとされていたから、内親王の結婚披露宴などに天皇両陛下が出席して、新郎新婦よりも天皇陛下が下座につくことなどあり得なかったのだと思います
しかし、清子さまの結婚披露宴に両陛下は出席しました
それに対しての反対や懸念の声があったかどうか私はあまり知らないのですが、全体的にそれをよしとする雰囲気が国民のあいだにはあったし、むしろ好意的に受け取られていたと思います
私はこのことについて特に問題なく思っていたし、反対する人がいるときいたら逆に驚くくらいだったと思います
他にもさまざまな変化はまだあると思いますが、ここに掲げたものは、皇室にとってけっこう大きな変化だと私は思います
これらの変化がその当時に完全に受け入れられなかったとしても、それが後になって認められ、それがふつうになっているわけですから、私は皇族女性にも皇位継承権が与えられるという変化も遅かれ早かれ起こるのではないかと思うし、そうなるべき時代に来ているのではないかなと思います
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