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皇太子さまはいわゆる「人格否定発言」の際に、「やりがいのある公務」ということを口にしました
そのあとで秋篠宮さまが「公務は受け身的なもの」という発言をし、皇太子さまの言う「やりがいのある公務」は自分がやりたい公務だけをえり好みすることかのような印象が残ってしまったように思います
天皇陛下は秋篠宮さまと皇太子さまの公務への理解が、「相反するものではないと思う」とコメントしましたが、皇太子さまの言う「やりがいのある公務」に対して理解を示したものではなかったように私は感じました
私は皇太子さまの言う「やりがいのある公務」とは、自分自身が興味関心のあるものだけをえり好みしたいという意味ではないと思います
人によって受け取り方はさまざまだから、皇太子さまを批判する人たちや秋篠宮さまは「自分勝手な公務」と理解したのかもしれないけれど、皇太子さまが真に意味する公務とはそういうものではなく、その人の実績や能力を活かした公務を取り入れてやっていこうというものではないかな、と私は思います
公務にはいろいろありますが、社会福祉的なものが多いように感じます
障害者の施設や病院、こども病院、災害を受けた地域への慰問訪問など、国民の涙を誘うような公務が多くあり、それを通して国民の中には皇族に対して「なんておやさしい…」と感動して涙を流す人もいるのだと思います
なかなか注目されない社会福祉施設を皇族が訪問することで社会に知られるようになることも必要だろうし、病気や障害、災害に苦しむ人たちがなかなかお目にかかれない皇族とふれあうことが心の励みになるだろうし、それはそれでいいことだと思います
ただ、そういう公務ばかりじゃなくてもいいのではないかと思ったりもします
例えば秋篠宮さまはナマズの研究を熱心にしているから、ナマズ関係の施設などへの訪問があったりします
紀子さまは手話ができるから、手話で挨拶をしたりしています
それぞれの実績や能力に関係した公務を行なうのはごく自然だと私は思うのです
雅子さまは皇太子妃になる前は外務省で働いていて、国際的な仕事に興味関心があり、そこで身につけた実績や能力があるでしょう
そういう実績や能力を活かす公務が雅子さまに課せられるのも自然なことではないだろうかと思うのです
そのような公務が増えれば、社会福祉関係の人だけでなく、その他の分野の人も皇族とのふれあいができるだろうし、皇室への国民の理解も深まっていくのではないでしょうか
私は皇太子さまの「人格否定発言」があったとき、まず思い当たったのが、とにもかくにもお世継ぎを生むことが第一であるという考え方を雅子さまは長いあいだ押し付けられてきたのではないかということでした
皇太子という立場上そのようなことがあったことを明確に発言することはできないし、皇太子夫妻がお世継ぎを設けることが大きな責任のひとつであることは皇太子さまは十分理解していると思います
皇太子さまが「思うように外国訪問ができなかったこと」を「人格否定」のひとつの例として挙げたが、単に外国訪問ができなかったことが人格否定だったわけではないのでは、と私は思います
要するに、ここでもネックになってくるのがお世継ぎだと思います
私は雅子さまが不妊に悩み、不妊治療をしていたのではないか、という仮定の下に話を進めていますが、不妊治療というのは女性の生理周期に合わせて行なう必要があるので、周期的に時間が制約されることになります
不妊治療は排卵前から排卵後1週間くらいにさまざまな治療や投薬、手法が施されます
もし雅子さまが不妊治療を受けていたとするなら、当然不妊治療のために毎周期時間が必要となるでしょう
そういう状態で外国訪問の公務が入ると、その周期の不妊治療はできなくなるということになります
お世継ぎ誕生が優先であるという空気の充満する皇室では、お世継ぎ誕生の妨げになるかもしれない外国訪問をさせない、という方向に向かうのはごく自然なのかもしれないと思います
私の想像ですが、皇室に入ってからの雅子さまの生活すべてが、「まずはお世継ぎ誕生を…」というもとに進められていったのではないでしょうか
「外国訪問が実現しなかった」というのは、そういうわけだったのではないかと思えてなりません
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皇室について。 | コメント(2) | トラックバック(0)
コメント
人格否定発言
以前に雅子さまの、やりがいのある公務は単発的な公務が多く、その場限りで継続性が無いことが残念だと仰られていましたね。
継続性のある公務とは、どのようなものなのか私も興味がありました。
皇太子さまが仰られたい言葉とは違う方向に話が進まれたのも私には残念に思っています。
しかし、人格否定発言は言い過ぎた発言でしたね。
雅子さまを庇いたいお気持ちがあるのなら雅子さまに直接いたわりの言葉をお話しすれば良いことなのに …と感じました。
皇太子さまが雅子さまを庇えば庇うほど、雅子さまが批判されてしまうように感じます。

雅子さまは、地方への公務にお出かけの際に、かなり勉強されるとの事。
私は、そんなに勉強されなくてもいいのでは…と思ってしまいます。

地方の公務では知っている事でも話を聞いた時には「そうですか」と知らなかったふりをなさられると聞いたことがあります。
そんな時に、私は存じ上げていますとはいえませんよね。
あちら側も、地方の文化を知ってもらいたいと歓迎されていらっしゃるので勉強をしなくても、地方の公務を楽しむ余裕が雅子さまに出てくればと思ってしまいます。

ひなさんへ
コメントありがとうございます
皇太子さまの人格否定発言もそうですし、それに対する秋篠宮さまの意見もそうですし、今回の愛子さまの登校拒否のこともそうですけど、公の場で言わなくてもいいんじゃないのかなって私は思います
マスコミはきっといろいろな想像をし、脚色して報道するでしょうし、そういう事態になるのがわかっているのなら内々で話し合えばいいのでは、と思います
皇室の人たちの発言を見てみると、きちんとはっきりと意見を述べることはないけれど、本音が少し見えるような微妙な発言があります
皇族という立場上、発言することが与える影響は大きいということは自覚してはいるけれど、やっぱり自分の意見や気持ちを吐露したいという思いがあるのかなあと思いますね
皇太子さまが人格否定発言をした裏にどのような事態があったのか、それはもはやわかりません
この発言があって雅子さまが適応障害だと診断され治療が始まったと聞きますし、もしそうならば事を動かすための苦肉の手段だったのかもしれません
さんざん内々で話し合いを持って来たのに一向に動かなかったという背景があったのかもしれないし、そのへんは想像するしかないんですが、私は何か事情があったのかもしれないなあ…くらいに思っています

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