スポンサーサイト

--/--/-- -- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

小学校卒業文集のこと

2008/06/27 Fri 10:26

雅子さまは小学校卒業の文集で、所属していた生物部でコジュウケイという鳥の剥製のことを次のように書いています:

六年間の思い出といえば 修学旅行、林間学校、遠足 運動会など たくさんあります。
 でも、とても印象に残ったのは 六年の十一月十四日のクラブです。私は 五年の時は手芸部で、今年は生物部です。生物部は、六年四人と五年二人、岸田先生の、小さいクラブです。
 この日、私たちは、「コジュウケイ」のはくせいをつくることにしました。その鳥は、学校の窓ガラスにぶつかって 死んだのだと先生はおっしゃいました。
 肛門から はさみをいれて お腹の皮をさきます。その後、肉を切らないようにして 中の肉を取り出します。そのためには 足とつばさを 適当なところから切らなければなりません。足は、うまくいきました。つばさも一こできて、残るは つばさ一ことなりました。そこは、先生がなさいました。ところが何という失敗! 先生は、つばさを切り落としてしまったのです。あと 頭のところの肉を取れば、肉が取れたのに。
そして かわかしたあと 中身を入れて はくせいができたのに…… とても残念!


たしかにちょっとグロテスクな内容だと思います
でも、子どもの頃ってけっこう残酷なものが平気だったりするし、それに雅子さまは単にかわいいだけではなくていろんな意味で動物に興味があったから、鳥の剥製のことがとても印象に残っていたのかも知れません
私は子どもの頃、昆虫やザリガニ、セミなどを平気で捕まえていましたが、今はさわるのもためらってしまいます
大人になってみるとちょっと…ということでも、子どもの頃には気にならないということは多分にあるように思います
それに、雅子さまは生きているみたいに上手にできている剥製を以前に見ていて、そういうものを自分たちの手で作るんだという思いで、出来上がりを楽しみにしていたのかもしれません
将来獣医さんになりたいと思っていたくらいですから、生物そのものにいろんな興味があったのだと思います
このように考えれば、動物が好きな雅子さまが鳥の剥製のことをこのように書いたのも、取り立てて異常なことだとは私は思いません
また、「つばさ」は漢字で書かずに「肛門」は漢字で書いているという指摘していますが、「つばさ」のほうが複雑な感じだし、別に大したことではないのではないかと思います
「つばさ一こ」という表現が小学6年にしては語彙が少ないとの指摘もありますが、翼ってどうやって数えるんでしょうか
私はすっと思い当たらないのですが、私が知らないだけなんでしょうか
疑問に思い、ものの数え方で調べてみたのですが、「つばさ」は一羽(わ)、一翼(よく)、一翅(し)、(主に学術上などで)一体と数えるそうです
このような指摘をする人は迷うことなく明確に翼の数え方を知っているってことなんでしょうか
スポンサーサイト
皇室について。 | コメント(4) | トラックバック(0)
コメント
こんばんは。シェリーです。
雅子様の話題は、まだまだマスコミ界、ネット界を席巻しているようですね。
「押し虫」、「ネズミ」そして「剥製」・・・どのエピソードをとっても、
動物や虫など、生き物の話題が中心のようです。
いかに、幼い頃の雅子様が生き物に注目していたかが判りますね。
クラスで飼っていたネズミを夏休みに家で引き取るのも、
普段から愛情を注いでいなければ、できないことでしょう。
剥製を部活動で作るというのも、図らずも死んでしまった鳥の死を無駄にせず、
貴重な体験をさせてあげたいという先生の姿勢を感じましたし、
死を単に忌み嫌うことなく、与えられた課題に真面目に取り組もうという児童の
真っ直ぐな気持ちを感じます。

そもそも、子供の頃の出来事まで、足を引っ張る材料にされてしまうなんて・・・
どんなことも悪い方、悪い方へとられてしまう傾向が強いだけに、
私も、管理人さまのおっしゃるように、どんなことであれ、マスコミにリークする人の気持ちが分かりません。
子どもの頃ってけっこう残酷な感覚って持っていませんでしたか?
子どもの残酷さは誰もが持つふつうの感覚なのだと聞いたことがあります
雅子さまも子どもの頃に持っていた子どもならではの残酷さと、生き物に対する興味関心が重なって剥製のことが印象に残ったりしたのかもしれません
大人の感覚からするとちょっと…と思うことでも、子どもは子どもなりの捉え方で(大げさな言い方かも知れませんが)いのちを感じているのではないかと私は思います
いずれにしても、子どもの頃のことをあれこれ言うのはあまりにも大人げなく思います
そうですね。
子供の頃って、ありのままの現実をただ受け止めるから、
それが残酷であることにまだ気づいていないこともよくありますよね。
そもそも子供時代って、全てが手探りで、善悪を判断するための
規範となる材料をまだ集めている段階なのではないでしょうか。
中傷している人たちは、雅子様に何を求めているのでしょうね。
超人(笑)であって欲しいのでしょうか?
雅子さまを批判する人たちは、ひとつでも多く雅子さまの批判できるところを挙げたいんじゃないかと思います
だから批判の内容が雅子さまの子どもの頃のことや雅子さまの両親や妹さんたちなどにも及ぶんでしょうね
雅子さまの行動言動をコマ送りで見てはあら探しをしているような、そんな気がします

管理者のみに表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。