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中学の頃の雅子さまは巨人軍の高田繁選手のふぁんだったというエピソードが、「素顔の雅子さま」(取材編集:週刊女性皇室取材班)(主婦と生活社1993)に次のように語られているそうです:

そんな雅子さまが中学時代に熱中したのがソフトボール。
「小学校時代の雅子さまはどちらかといえば、もの静かな生徒でした。はしゃぐこともなく、落ち着いた子だったという記憶がございます。活発になられたのは中学生になられてからだと思います。ソフトボールの練習帰りにお会いした雅子さまは、いつも日に焼けた真っ黒な笑顔で挨拶されていましたね」
と、小学校時代の恩師は振り返った。
まず、同好会をつくり、中学2年生で晴れてクラブに昇格。3年生の夏に出場した世田谷区大会では優勝という、輝かしい記録も残している。
野球が好きな友人たちと、学校の近くにあった巨人軍の練習グラウンド(注:旧・巨人軍多摩川グラウンドのことである)をよく見に行っていたことがそもそものきっかけ。
お目当ては高田選手(当時)だった。
「みんなは、大人気だったフィンガーファイブのほうがいい、という感じでしたが、オワは“かっこいいじゃない”と聞かれるたびに笑っていました。なんでも優しそうな顔が好きということで、下敷きにはポートレートをはさんでいたぐらいです」
と、同級生は振り返った。

「好きな仲間でつくったソフトボールの同好会を先生と交渉して、クラブに認められたのもオワがいたからできたことでした。練習は週3回、放課後3時ごろから夕方の5時、6時ごろまでやりましたが、マラソンをしながら巨人軍の多摩川グラウンドへ行き、練習中の高田選手をじっと見つめていた姿が忘れられません」
「ソフトでオワがジャージに縫いつけていた背番号は高田選手と同じ“8”でした。同じ背番号だった広島の山本浩二選手が好きな子もいて、“8”はちょっとした争奪戦だったのですよ」

これのどこに問題があるのでしょう
誰かのファンになることはごくふつうのことだと思います
好きなアイドルがいたり、好きなスポーツ選手がいたりするのって誰でも心当たりのあるものだと思います
中学時代ソフトボールに熱中していた雅子さまが、野球に興味を持ち、特定の選手を好きになることに何も問題はありません
それが子どもの頃だろうと、大人になってからであろうと、あこがれる選手や芸能人がいたっていいと思います
そんなことまで批判の対象になってしまうのには、少々あきれてしまいます
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